おはようございます。
今はフェリーの中。三陸海岸沖を航行しているようです。昨日は朝のうちに荷物を車に積み込み、9時過ぎには出発準備完了となりました。だが、「まだ積める」という話になり、食器の梱包作業に。20年放置していたため、一通り洗うことにしました。洗う・拭く・梱包の作業を分担。2時間ちょっとで終え、昼前には大洗に向けて出発。途中渋滞はあったものの、午後4時には港に到着。7時45分発のフェリーに乗船。
器コレクションの運命
食器洗いや梱包作業をしながら気づいたこと。それは「一度使った器はほとんどすべて覚えている」ということでした。忘却力の鋭い(普通こういう言い回しはありませんが)僕としては、記憶している自分にいちいち驚いていました。器を買ったとき、あるいは撮影中や食事のときのシチュエーションまで浮かんできました。
僕の中で長期記憶として豊富に残っているものは、視覚体験と味覚体験です。写真を撮るときには過去の視覚体験が役に立ちます。「これは以前見たことがある」という記憶を手がかりに、過去と現在をつなぎ合わせるような撮り方をすることが多い。同様に「これは以前食べたことがある。この味、知っている」という記憶がよみがえることがあります。僕個人としては、初めて食べるものよりも、過去とつながっている味のほうがおいしいと感じる。味覚に関してはちょっと保守的なところがあります。
食器の記憶がこれだけ残っているのは、たぶん僕の味覚体験とセットになって記憶されているからでしょう。同じ料理でも、器や盛りつけによって味が異なるように感じられるもの。高級でも安物でもよいと思いますが、愛着の持てる器で味わった料理は好ましい記憶として頭にインプットされる。
飲みのもの同じですね。僕はあまり器にはこだわらないタイプなのですが、コーヒー、日本酒、ビールの器には実はこだわりがあります。最高においしく味わいたいという場合、口の触れる部分の素材、厚み、角度が気になります。これが一番というわけではないのですが、コーヒーの場合はつるつるしていて、薄くて、少し外に開いている形状が好ましい。日本酒もこれに近いけれど、素材はざらざらしていてよい。伊賀焼が好きですね。ビールでは一時期銅製のマグに凝っていました。20年くらい前は磨りガラスのグラス。近年は表面がざらざらの陶器。いずれも泡が細かくなるような素材。
このように書くと、器に詳しいかのように誤解されそうです。実は「全然見る目がない」とM氏からいつも指摘されています。その通り。ではありますが、料理や飲み物をおいしくいただくために必要な器の条件は、味覚体験を通じてだいたい知っています(本当かな?)。
さて、我が家の器ですが、すべてを一堂に集めると大変な数になります。「大変な数でした」と過去形にすべきかもしれません。
ピークは2000年だったでしょう。長年、雑誌の料理ページをつくってきた関係から、食器は商売道具でもありました。最初のうち、料理撮影用の食器はレンタルなどを利用していたと思います。遊文館設立の1989年あたりから、「借りるより買ったほうがいい」ということになったのでしょう。置き場所の問題はありましたが、少しずつ買い増していくことになりました。
1990年代には年2、3回ペースで海外旅行へ行っていました。僕にとっては撮影旅行、M氏は器コレクションの旅(?)でした。
所沢に自宅ができ、さらに遊文館ビルが完成すると、収納場所はいくらでもあるということで、お店を開けるくらいの数になっていました。どんな料理撮影があっても困らないという状態。ただ、お気に入りの食器があって、二度、三度と誌面に登場する器もあったと思います。
こうして集めた器がその後どのような運命をたどったか? ちょっと物悲しくもあり、書きにくいと感じるところもあります。
2000年5月、僕は帯広にUターンすることとなりました。半年ほどかけて(株)遊文館はたたむこととなり、大量の食器の多くは処分されてしまったようです。売却ということではなく、会社前に並べて「ご自由にお持ちください」という処分の仕方だったと聞いています。
比較的愛着のあった食器は帯広へ送られることとなりました。しかし、運送中に問題があったようで、帯広で開封してみるとずいぶん壊れていたようです(現場に立ち会っていないので詳細は不明)。無傷の器は今も料理撮影用に社内で使用されています。しかし、往時を知る僕としては「ずいぶん減ってしまったな」という印象。
今回の旅で所沢保管分を持ち帰ることになりますが、それでもずいぶん控えめな数。所沢でも半数くらいは処分されることとなりました。選別の基準はいくつかあったと思います。僕の記憶に残っている器は、ほぼすべて「持ち帰り」に選ばれました。
3日間かけて所沢自宅と西荻の遊文館ビルの片付けを行いました。もうこれ以上、新たな発見はないでしょう。たとえ発見されても、処分してOKということにしました。
実は、ひとつだけ未発見のものがあります。だいたいありそうな場所の見当もついているのですが、僕は断念しました。あまりにも作業が大変だと想像できたからです。未発見のものとは、マスコの現像タンク。現像タンクそのものはさほど高価なものでもめずらしいものでもない。けれども、マスコには思い入れがあって、できれば持ち帰りたいと考えていました。
フィルム現像作業というのは、人によってはクリエイティブな部分が少ない単調な作業と思うかもしれません。けれども、僕にとっては大袈裟に言えば「祈りの時間」だったんですね。タンクの中にはリールに巻かれたフィルムがあって、それが現像液に浸されじわじわと像が浮かび上がっている……。目視できないところで何かが生まれようとしている。ですから、僕は現像タンクを攪拌しながら祈りに近い気持ちをいつも持っていました。祈りが通じないこともありましたが……。
まあ、すべてが手に入るものではありません。マスコは諦め、その他を満載した車でこれから帯広へ戻ります。