
おはようございます。
午前9時出発。昼頃、北見に到着。取材は午後1時から。初めて訪れる場所。当然初対面だと思っていたら、なんと全道経営指針委員会一泊研修交流会でお会いしたことのある方だった。僕が4月、オホーツクビジョン普及部会で講演した際にもZOOMで会っている。数年前の研修会での会話は今も覚えている。取材に行ったら、実は同友会でつながっていた……というパターンは案外多いものだ。4時、取材終了。7時過ぎ帰宅。
この日、北見の最高気温は35度。M氏が取材する間、僕は屋内と外とを出入りしながら撮影していた。クーラーに慣れている体には厳しい。やわになったものだ。帰宅したら抜け殻のようになっていた。
ガム中より無我夢中
子供の頃にはガムの自動販売機があった。僕の自販機体験としては、噴水式ジュース自販機に次いで2番目に古いと思われる。もちろん、この頃にはコカコーラの半自動式自販機(瓶を引き抜くタイプのもの)も存在していた。正確な順番は今となってはよくわからない。
昔は板ガムしかなかったが、いつの間にか粒ガムが幅をきかせるようになってきた。板ガムから粒ガムへの移行は、ガムに対する社会的イメージが変化した時期でもある。ガム=虫歯の原因。昔はそう思われていたが、今日のイメージは真逆だろう。むしろ虫歯予防にはキシリトールガム。噛むことで脳の発達や認知症の予防にもなると認識されている。
ボトルガムが登場すると、僕はいけない世界にはまってしまった。2000年代は僕にとってガム中毒の時代だ。略して「ガム中」(1文字しか略していないが)。もちろん、社内や取材中にガムを食べることはない。ガムを噛むのはもっぱら車での移動中。2004年以降、スロウの取材で長距離移動することが多くなり、僕は眠気防止にガムを噛んでいた。僕は眠気に対し非常に弱い人間。物心ついたときから眠かった。授業中が一番眠い。日差しに弱いのかもしれない。眠気を感じていない時間は非常に短く、今こうして文章を書いている間も実は眠い。
編集者と一緒に移動する際にはさほどガム消費量は増えない。しかし、ひとりで出張する際には、ガムのチェーンイーターと化す。顎がだるくなっても食べ続ける。顎はヘトヘトなのに、それでもガムを噛む。このままでは顎が外れるに違いない。あるとき、僕はガム中になっている自分に自問してみた。
当時受講していた研修の影響もあるのだが、一つの答が導き出された。きっと、僕が「無」の境地に達していないからに違いない。本当は無我夢中にならねばならないのに、「無」がこぼれ落ちて、単なる「ガム中」に転落してしまったのだ。どうしたら、ガム中から無我夢中という心境に達することができるのか? ここが自分の仕事人生を決定づけることになるだろう。
僕がガム中になったのは、経営危機を脱した2004年頃のこと。追い詰められないと無我夢中になれないタイプなのか? ひとまずガム中から脱するため、僕は運転中の眠気防止には、激辛で大粒のミンティアや鮭とばを併用するようにした。しかし、根本的な解決にはなっていない。無我夢中問題は手つかずのままだった。
再度、自問することとなった。今度は「なぜガム中か?」ではなく、「自分が無我夢中になるのはどんなときなのか?」考えてみた。
答は明白だった。好きな仕事をしているとき。書きたい原稿を書いているときは一心不乱に書く。撮りたい写真を撮っているときは被写体以外目に入らない(これは超自然現象に思えるほど)。無我夢中になるには、好きな仕事に徹する。あるいは今の仕事をとことん好きになること以外にない。
「好きな仕事だけすればよい」というラッキーな人は極めて稀であるに違いない。僕も含め、大半の人は「義務的な仕事」を抱えながら仕事人生を送っている。この義務的と思える仕事を「とことん好き」というレベルに高めることができるかどうか? ここがガム中から無我夢中へレベルアップする決め手となるだろう。
