高原淳写真的業務日誌 > 世の中の変化 > 第19話 引っ越し回数

第19話 引っ越し回数

第19話 引っ越し回数

おはようございます。
 昨日午後1時半頃、苫小牧着。夕方、帯広に戻ってきました。桜が散ってしまっているのが残念。もっとも、残念がっている余裕はありません。車いっぱいの荷物を次々下ろしていく。自宅に運んだ荷物をどうやって収納するか、という問題も控えています。連休は1日を残すのみ。片付けねばならない仕事もいくつかある。フェリーの中でできるところは進めましたが、まだまだといった状態です。

選ばれるもの

今回、荷物の整理や積み込みなどの作業をしているうちに、引っ越しについての記憶がよみがえってきました。
 僕はこれまでの人生の中で何度引っ越してきたのだろう?
 実は正確に思い出すことができません。子供の頃に4回、大学生になって2回、東京時代はたぶん5回、帯広にUターンして4回。15回も引っ越しを行っていることになります。これは自宅のみの引っ越し回数。これに遊文館の事務所の引っ越しを加えると、さらに回数が増える。引っ越しはもう十分といった感じです。
 片付け能力が欠如している僕が引っ越しを行うとどうなるか? たぶん僕に近いタイプの人もいると思います。そう、限りなくゴミに近いものまで転居先へ運ぶことになるんですね。
 捨てようかどうしようか迷うようなもの。僕にはそうしたものがやたら多い。そうした保留アイテムを運ぶことになるため、荷物の量はどうしても増える。大阪から東京へ引っ越したときには、ずっと何ヵ月も開けられずに放置したままの段ボール箱がいくつもありました。段ボール箱がテーブル代わりになっていた……。
 さすがに、そうした悪癖は少しずつ改善されていくことになるのですが、何度引っ越しても捨てられることのない、盟友または腐れ縁のようなものがいくつかあります。
 たぶん、僕の人生から切り離すことができないであろうと思われるもの。なのに、「持っているだけで、今後価値を生み出すとは考えにくいもの」。その代表格は、高校時代に撮った写真のネガでしょうね。これをフィルムスキャナーで取り込んでデジタル写真にするという手も確かにある。けれども、費やす時間を考えると、たぶんやらないでしょう。ノスタルジックな価値はあるかもしれませんが、作品的価値のあるものはほとんどない。
 大学時代のネガになると、デジタル写真で復活させたいと思う作品がいくつもあります。実験的に、いくつか試してみようと考えているところです。

いずれにしても、これまで30数年、よく捨てられずに自分についてきたものだと感心してしまいます。引っ越しという「捨てられるかもしれない危機」を何度も乗り越え、自分の所有物の一部であり続けている。引っ越しする中では、高価なものもずいぶん捨ててきました。今回は、豪華な写真集をいくつも捨てることにしました(傷みが激しいため)。
 なのに、案外どうでもよいと思われそうなものが、今回運び込んだ荷物の中にも含まれています。
 選ばれるものには、たぶん2つの理由がある。ひとつは「これから価値を生み出しそうなもの」。もうひとつは「過去の記憶を思い出させてくれるもの」。自分と一緒に40年以上一緒についてまわっているものは、大半が後者に分類されることになります。写真のネガはその最たるもの。記憶そのものといってよいでしょう。
 ただ、記憶を呼び覚ますものであっても、50年以上生きているとすべてを持ち歩くわけにはいかなくなってくるものです。今回は思い切って、記憶の断片を処分することにしました。中学、高校時代に使っていた万年筆とか、ちょっとした小物類など。1980年代から90年代の撮影、フィルム現像、引き伸ばしの各種データを記録したノートも思い切って処分。ほんの1、2冊だけ記念に(?)持ち帰りましたが、一生持ち歩くことはあきらめました。

どうしてそうした心境に至ったのか? 20年後、30年後をイメージしてみたのです。
 自分の所有する建物(使えないものも含め)が数ヵ所に分散し、その中に処分することも容易ではない大量のものが置かれている……。自分の体の動くうちに何とかしておかなければ、大変なことになるに違いない。終活というわけではありませんが、もっと身軽になっておきたいということですね。
 今年に入って、西荻窪の遊文館ビル売却の話がまとまりました。さびしさはあるものの、安心感のほうが大きい。残る所沢、馬頭を処分することができれば、あとは帯広だけとなる。帯広では、もうひとつ片付けるべき家屋がある。来週末、数人の手を借りて、一気に解決に向けて動き出す予定です。
 昨年あたりから、会社としても僕個人としても実にさまざまなことが動き出すようになりました。日本も世界もずいぶん激しい動きを見せていますが、何か関係があるのでしょうか? 遊文館ビル売却話はあれよあれよという間に話がまとまった。それにまつわる面倒な手続き等も、ほぼ解決の方向に向かっている。僕の人生の残り時間がどのくらいなのかはわかりませんが、今年のうちにすべきことを完結させれば、次世代の人に迷惑をかける心配を軽減させることができるに違いない。
 ここ一年の間に、不思議な偶然が何度も起こっています。これらの偶然はたまたま起こったものとは考えにくい。ある方向へ導かれている(スピリチュアルな意味ではありません)としか思えない。何かに導かれているのか、自分でも気づいていない自分の本心が偶然の出来事を招いているのか? このあたりは何ともいえないところ。ですが、全体としては自分の望む方向へと向かっている。ありがたいことです。
 もう少し身軽になって、自分の本当にやるべき仕事に集中せよ、ということなのでしょう。今年はソーゴー印刷の仕事面でも動きがあります。身軽になり、整理整頓させた空間でクリエイティブな活動をしていかなければなりません。

ソーゴー印刷株式会社

〒080-0046 北海道帯広市西16条北1丁目25
TEL.0155-34-1281 FAX.0155-34-1287

高原淳写真的業務日誌