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使える!ビジネス迷言・第35話「一事がバンジージャンプ」

使える!ビジネス迷言・第35話「一事がバンジージャンプ」

おはようございます。
 朝は画質調整作業と校正作業。午前8時半、朝礼。10時半、某プロジェクトのミーティング。進捗確認等。午後は校正作業と原稿作成。原稿は社内報のためのもの。3000字ほど書いてから仕事を終える。

一事がバンジージャンプ

「一事が万事」。こう言われると、僕は何も言葉を返すことができなくなる。パソコンを強制終了したような状態になることもある。僕がもっとも苦手とする言葉。そもそも僕は不用意な「一事」が多い人間なのだ。その一事をもって「すべてがそうなのだ」と指摘されると、「はい、わかりました」と答えるほかなさそうだ。相手を一撃で打ち負かす恐ろしい言葉である。
 僕にとって呪いの言葉である「一事が万事」に対抗するポジティブな言葉はないものだろうか? ある瞬間、急にひらめいた。ああ、「一事が万事」とはそういう意味だったのか……。世間一般には通用しないと思うが、僕にはしっくりくる「一事が万事」の隠された意味を理解するに至った。
 「一事がバンジージャンプ」。これで僕は「一事が万事」に対しての免疫力を獲得することとなった。「意味不明」と言われそうなので、説明しようと思う。
 「一事が万事」 とは、「一つのことを見れば、他のすべてのことが推測できること」をいう。これはもっぱら悪い意味で使われる。その人の美点一つを見て「素晴らしい人間だ」というふうに使われることはない。しかし、「万事」を「バンジージャンプ」に替えるだけで意味は一変する。
 バンジージャンプの起源は、バヌアツ共和国のペントコスト島で行われていた成人への通過儀礼「ナゴール」とされている。この危険な儀礼をスポーツとして楽しむことはできないか、と考えられたのがバンジージャンプ。バンジー(bungy)とはニュージーランドの方言(英語)で「ゴムひも」を指す。その後、エクストリーム(過激な)スポーツとして世界に広まった。
 ビジネスの場では過激である必要はないが、思い切った意思決定、思い切った行動が求められる場面は多々ある。飛び込むべき時に、躊躇して、あるいは恐がって飛び込むことができずにいると、当然ながらタイミングを逸することになる。そうした一事によって、万事休すとなる場合もあるだろう。
 肯定的に言い換えれば、目の前にある「一事」に対して、ジャンプ台から飛び込むような心持ちで挑むことにより、道が開けてくるのではないか? 次々にやってくる「一事」に対して、常にバンジージャンプする。これにより、万事うまくいくと考えるのは、ちょっと単純すぎるだろうか。
 僕は現実のバンジージャンプは経験したことがない。だが、ある研修の中で「電柱のてっぺんに立って、そこからロープめがけて飛び移る」という奇妙な実習を行ったことがある(もちろん命綱付き)。そのときの不思議な精神状態をときどき思い出す。これを日常の中で生かすことができれば、相当思い切った行動ができるに違いない。
 バンジージャンプではないにしろ、僕らの人生はジャンプの連続だ。とりわけ、新入社員や社歴の浅い人たちは、思い切ったジャンプを繰り返しながら社会人として成長したり、会社・仕事になじんでいく。ジャンプしようという意気込みを10年、20年と保ち続けることができるかどうか。ジャンプをやめてしまうと、そこで成長がストップし、やがて足を一歩踏み出すだけでも躊躇するようになるだろう。
 人生には何度かバンジージャンプに匹敵する大ジャンプの機会がやってくる。日頃から小さなジャンプを重ねてきた人であれば、バンジージャンプの飛び込み台に立つことをためらわないだろう。
 また、小さな「一事」に対しても、思い切った行動が求められる。僕は「成人×3」という年齢に達しているが、すべては「ナゴール」だと思って取り組んでいきたい。

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