
おはようございます。
午前9時出発。12時10分小樽着。「ゆったりある記」の取材。紅葉と青空。絶好のコンディション。だが、散策道を歩いている人はほとんどいない。1周30分ほどのコースを2時間かけて撮影。途中、絶景と思える風景が広がっていた。その後はプレ取材的活動。少し早めに宿に到着。一休みしてから夕食。運河周辺を歩く観光客は非常に少ない。
隠れたビューポイント
こういう風景はありそうでない。そんな場所を歩いてきました。自然の中の散策道。それだけで十分ではあるのですが、それに加え、ちょっとしたサプライズが用意されている。もう一度来てみたい。そう思わせる場所でした。
考えてみると、「ひと工夫」とか「ひと手間」といったものが必要ですね。我が社のビジネスにも、僕自身の活動にも、ひと工夫が求められる。そう思うことがときどきあります。道内各地を取材しても、そう感じることが多い。惜しい場所がいっぱいあるのです。
観光という観点でいうと、北海道は資源の宝庫といえます。誰も異論を唱える人はいないでしょう。素晴らしい風景がそこここにある。ここで写真を撮りたい。車を走らせていると、そういう場面に出くわします。けれども、撮影したいと思ったとき、車を止める場所が見当たらない。「見るだけ」で終わってしまうことが大半なのです。
車の気配がないことを確認して速攻で撮影することもあります。しかし、できれば落ち着いて写真を撮りたいもの。撮影自体は3~5分。車1台分の停車スペースがあればよいのに……といつも思ってしまいます。
車が何10台も駐車できるような「ビューポイント」よりも、ちょっといい感じの場所に1台か2台止められる。そういう隠れたビューポイントが至るところにある、というのが理想ですね。「隠れたビューポイントマップ」をつくったらおもしろい。そう思ったことがありましたが、さほど情報が集まっていないので、たぶん地図になることはないでしょう。
素晴らしい風景の中に自分だけが存在している。そのようなときに撮った写真はどこか違うものがあるような気がします。著名な観光地で写真を撮っていると、すぐ横にカメラを構えている人がいる。それも悪くはないのですが、「風景と対話する」という気持ちは失せてしまいます。どうしても、記録的な写真の撮り方になる。周囲に人がいてかまわないものの、自分だけの空間を確保したい。そんな気持ちになる。その結果、人の多い観光地を避け、ほどよい風景を求めることが多い。
昨日の取材は紛れもなく「観光地」だったのですが、なぜか散策道に人はいませんでした。おかげで、紅葉した葉っぱをじっくり観察することができました。紅葉した葉の裏側が実に素晴らしい。乾燥してくるくる丸まっている姿も美しい。さまざまな発見がありますね。
観光地も少しずつ「進化」しているような気がしています。ひと工夫、ひと手間のかけ方が変わってきた。そんな印象です。団体旅行の時代を思わせる観光地から脱皮しつつある。観光地へ行くことが少ないので、本当のところはわかりません。しかし、人々の求めるものが変化していますから、観光地の「ひと手間」のかけ方は当然変化していくはずです。
これは観光だけの話ではなく、僕らのビジネスにおいても同様といえます。ニーズの変化に気づかず、商品・サービスの提供の仕方が古びてしまっている。その事実に愕然とすることもある。とりわけ、情報、出版というジャンルは、ここ10年くらいの間に驚くほど状況が変わってきました。変化が激しいため、ニーズの多様化と個人差の激しさを感じます。したがって、すべての人に満足してもらうような商品開発、営業活動は意味がないと考えるべきでしょう。
こんな人に喜んでもらいたい……とイメージする人たちに向けて、ひと工夫、ひと手間をかける。「誰に」を特定するところから始める必要がありそうです。
