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門外漢の原稿作成技法第49回 つながらない文章

門外漢の原稿作成技法第49回 つながらない文章

おはようございます。
 仕事は午後の3時間のみ。他は休日として過ごす。原稿を書くが、どうにも文章がうまくつながらない。このような日も年に何度かある。根本的な原因は、頭の中がまとまっていないこと。これを文章力でカバーしようとするとややこしいことになる。昼、キムチチゲをつくったが、こちらの味もうまくまとまらなかった。夕方、M氏が味を付け直していた。

一貫性を求めすぎない

文章がつながらない、まとまらない。どんなに文章力トレーニングを積んだとしても、そういうことは実際に起こるものです。本物のプロなら起こらないのかな? 僕は門外漢であるため、ちょっと油断すると支離滅裂な文章になってしまいそうです。こんなときはキーを打つ指の動きも鈍く、しょっちゅう打ち間違いをすることになる。入力の正確さによって、その日の調子をおおよそつかむことができます。
 それでも締め切りまでに原稿を書き上げなければならない。そんなときにはどうするのか? 雑誌「スロウ」の場合、締め切りは1、4、6、9月中旬~下旬と決まっている。だから、体が慣れていて自然に調子が上向くようになっています。
 それ以外の原稿はどうか? 僕はけっこう好不調の波にさらされやすいんですね。5000字を2時間あまりで書き終えることもあれば、半日かかかっても書き進まないことがある。スロウの場合は取材で得た情報がある。これをもとに原稿を書くため、最終的に「書けない」ということはありません。一方、社内報原稿のようなものは、取材ではなく、頭の中にあるものを文章化する。このため、頭の中の情報がバラバラになっていると、つながらない文章になりやすい。
 締め切りが迫ると、バラバラな情報と断片的な考えをそのまま言葉に変換していくことになります。文章の書き出しと中盤とで別な内容について書いていることがある。怪しい雲行きだな……などと考えながら書いていき、途中で読み返してみると、まるで別なことを書いていることに気づく。そんなことがたまに起こります。気づいている方もいると思いますが、僕が毎日書いているブログの中でも、こうしたちぐはぐな文章がたまに(頻繁にかな?)あります。
 あまりにもかけ離れたことを書いていて、そこにまったく意味が感じられない。さすがにそのレベルになると、「最初から書き直し」ということになるでしょう。けれども、中盤のちょっとおかしな展開を発見した際、僕はそのままスルーして、文章の後半から終盤にかけてリカバリーしようと試みます。
 それはどういうことか? 一見テーマと関係のないような話の展開になっていたとしても、そのように展開したのには何か理由がある。そう考えてしまうのです。その理由について考え続けると、たいていの場合見つかります。過去に符合する経験をしていたり、相似形と思える共通項を発見することがあるのです。そこからユニークな仮説を導き出す。そうした鮮やかな解決パターンは決して多いとはいえません。けれども、解決法は必ずある。
 序論、本論、結論。すべて一本道で一貫性があって、脇に逸れることがない。僕の場合、そのような立派な文章を書くことは少ない。まっすぐ書こうと思っても、いつの間にか脇に逸れる。全体の2/3くらい書き上げて、最初から読み返してみる。何かが変だ。そう思ってから、何が変なのかを解明し、その解決法を考えたから、残り1/3の文章を書く。関係なさそうな事柄がつながると、そこに新たな発見がある。
 自分の気づきや考えを文章に表すわけですが、書きながら気づいたり、新たな考えが浮かんだりする。そこに文章を書くおもしろみがある。したがって、文章に一貫性を求めすぎないほうがよいのではないかと僕は思っています。

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