
おはようございます。
ホットな一日でしたね。昨日は「クリーンウォークとかち in 札内川」に参加し、ゴミ拾いを行いました。我が社からの参加者は20数名ほど。「クリーン」と「ウォーク」、どちらに比重を置くかによって、参加の仕方が変わってきますね。僕は「クリーン」に徹するタイプ。あまり人の歩かないところを重点的にまわります。ほぼ無言。1時間だけの作業なのにけっこうきつい。帰宅、昼食後、横になったら、そのまま眠ってしまいました。
今日的な会社組織の課題
「クリーン」と「ウォーク」、中間の参加の仕方がよいと思います。来年からはそうしようかな? 本当の参加目的は共通体験にあると僕は考えているからです。
ゴミ拾いに限りません。月1回食事会を開催するのも、全社員でイベントを開催するのも、「共通体験」に他なりません。一緒に参加する、一緒にひとつのことを行う、一緒に行って成果を分かち合う……。こうした体験は昔も今も重要なことではないかと思います。
僕の持っている我が社の一番古い会社案内は、1970年頃のものです。そこには、野球部、慰安旅行、パーティーなどの写真が載っています。近年の会社案内ではあまり見かけない類いの写真(他社の案内にはあるのかな?)。50年近く前から、多くの企業では共通体験を重視し、意識して機会を設けてきたのでしょう。
1970年頃といえば高度成長期。このように書くと単純に「いい時代」だと思ってしまいますが、どの時代にも経営者には悩みがある。僕の想像では労使対立がこの時代の最大の悩みだったに違いありません。
我が社にも当時、労働組合があったと記憶しています。組合があること自体、もちろん悪いことではありません。今日の先進的な企業経営者の中には、組合の組織化を支援している人もいます。経営者と組合が「会社をより良くしよう」という目的で一致していれば、パートナーシップで結ばれ、好ましい結果を生み出す関係となっていく。
しかし、この時代、多くの企業では深刻な対立関係となっていました。どちらが悪いということではなく、そういう時代だったと言うしかない。僕は子供だったので、出来事の断片しか目撃していませんし、過去の資料をたどっても十分な資料は出てきていない。また、この件に関しては父である創業者も積極的に語ることはありませんでした。
ただ、当時の我が社が目指していた方向は、とてもよく理解できます。1970年頃の会社案内の中にはこう書かれていました。「人間愛をモットーとして社員の福祉厚生のため活動しています」(原文のまま)。福祉ではなく「福利」の誤植かな? 真相はわかりませんが、意図はわかります。
4、50年前、労使の多くは対立関係にあったと思いますが、個人一人ひとりとしては「よい人間関係」を求めていたに違いありません。実際、日常業務においては、おおむね良好な関係だったはず。ただ、団体交渉という場面では鋭く対立することになったのです。
人間はけっこう複雑にできていますから、場面によって協力し合うこともあれば対立することもある。微妙な人間関係、協力関係の中で自社を成長・発展させてきた。ここに高度成長期における経営者の腕の見せ所があったのではないかと僕は想像しています。その結果、多くの中小企業経営者は人間関係を重視し、共通体験の場を増やすことによって、相互理解を深めようと努力してきた。今もその構図は変わっていません。
高度成長期には「労使対立」という悩ましい問題がありました。今ではさほど深刻な対立は見られません。温度差はあっても、協力関係を築いていこうという点で、ほとんどの社員が一致しているのではないでしょうか?
その代わり、高度成長期にはなかった問題がバブル崩壊後に起こっています。人口減少、市場縮小、ビジネスの高度化、マーケティングの複雑化といった問題ですね。
仕事が高度化、複雑化することによって、僕らの働き方はかつてと比べて大きく変わっていくことになりました。
1990年代を境に、「仕事をする=パソコンに向かう」という働き方をする人が激増した。出社し、最初に行うことは「パソコンのスイッチを入れること」。そんな人が多いのではないでしょうか。そして、人によっては一日誰とも会話することなく、ひたすらモニターに向かってキーボードを叩く。まあ、そこまで極端ではないものの、「一緒にひとつの仕事をする」という活動は1980年代以前に比べると減少しているような気がします。
専門性が高まった結果、仕事での共通体験が減少している。その結果、職場における「深いレベルでの仕事に対する満足感」が低下傾向にあるのではないかと考えることがあります。実際のところはどうなのでしょう? 部署や職種によって差がありそうですね。
我が社には昔から続く共通体験(食事会のようなもの)の他、業務における共通体験にもひと工夫必要かもしれません。ただ一緒に働くというだけではなく、各自高度化している中でハイレベルな共通体験の場を設ける。つまり、難度の高いプロジェクトにチャレンジする必要があるのではないか?
新事業というものは、普通に考えると業績向上のために行われるものです。ところが、我が社のここ20年の歴史を振り返ると、業績向上よりも人材育成や社風改善といった目的で行われてきた側面があったような気がしてなりません。経営者である僕が「気がする……」ではいけないわけですが、業績アップよりも「実現させたい状態」が確かにあった。
社歴の長い人には、それが何なのかおおよそおわかりいただけるのではないかと思います。会社組織というものをひと言で表すなら「共通体験の場」といっても過言でないのかもしれません。
