
おはようございます。
午前中に同友会会員企業2社を訪問。最初は午前9時45分。N社でとかち支部事務局次長のK氏と待ち合わせ。11時、H社へ。興味深い話だったが、昼までに帯広経済センタービルへ行かねばならない。12時、日本政策金融公庫公和会役員会。帰りがけにM氏を訪ねる。1時半出社。面接。2時半帰宅。事務的作業と帯広柏葉高校協賛会・編纂部ミーティングの準備。6時、はげ天本店。第3回編纂部ミーティング。30分あまりでミーティングを終え、懇親会。参加者は8名(会議には10名参加)。100周年記念誌には掲載されないであろう、知る人ぞ知るエピソードが語られた。8時50分帰宅。
裏面史
自分史、社史、周年記念誌。歴史を記した書物にはさまざまな形態がある。自分史の場合は数10年。社史、周年記念誌ともなると100年、それ以上長期に及ぶものもある。歴史的事実をまとめ上げるだけでも大変なことだ。これから取り組むのは創立100周年の記念誌。どこまで情報、史料を集めることができるか。1年半かけての仕事となる。
記念誌に掲載されている記事は、たいていの場合、広く公開しても差し障りのないような形に整えられている。これは当然のことだ。過去の出来事の中には好ましいものも困ったものもあったはず。だが、不快な出来事、愚かしい出来事については、公開する必然性がない限り誌面を飾ることはないだろう。このあたりは、記念誌の編集部によって、取捨選択されることになる。当たり障りのない記事で誌面を埋め尽くすか、刺激的な内容を一部盛り込むのか? この判断は迷うところだし、編集者によって意見が分かれることになるかもしれない。
ただ、間違いなく言えるのは「裏面史のほうがおもしろい」ということ。同窓生の各期の人たちから、通常は記念誌に載ることのない裏面史やエピソードを募るとおもしろい。会議では、実際に載せるかどうかは別として、広く情報を集めることになった。昨夜の懇親会参加者8名の口からも、ユニークな裏面史がいくつも飛び出した。記念誌の編纂は大変な作業かもしれないが、編集に関わることによって得られるものは大きいに違いない。
考えてみると、僕が帯広にUターンしてからの21年間だけでも、ソーゴー印刷の裏面史で1冊の本が書けそうなボリュームがある。2024年が創業70周年。まだ早いと思っていたが、2年くらいかけて準備したいところ。僕はその歴史の1/3ほどしか知らない。また、21年間在籍していても、我が社で起こった出来事のほんの一部しか把握していないだろう。当事者だけが知っているような事実を一ヵ所にまとめていったら、すごいものができあがるはず。なぜなら、僕が知っているだけでも、とんでもない出来事がいくつもあったからである。
とんでもないものの中には、「誰かに話さずにはおられない」という類いのものがある。それは歓送迎会や忘年会といった場で語られることが多い。印刷物になることはまずあり得ない。だが、話としてはとてつもなくおもしろい。そんなエピソードがいくつもある。あまりにも愚か、あるいはあまりにばかばかしい。そんなエピソードが多かったのは2000年代。2010年代に入ると、とんでもない出来事は影を潜めるようになった。または僕の知らない場所で起こるようになったのかもしれない。
感動的な出来事ももちろんある。当時の人々が決死の覚悟で取り組んだ結果、困難を乗り越えた、奇跡が起こった……というような出来事。これは記念誌に掲載されるネタではあるが、当時のことを知らない人がつくると、表面的に美しくまとめてしまいやすい。決死の覚悟ゆえの愚かさ、勘違い。奇跡的出来事の裏面には、ちょっと活字にはしにくいエピソードがある。それをどこまで表に出すのか。ここが難しいところであり、同時に楽しめそうなところでもある。
