
おはようございます。
午前9時出社。帯広コア専門学校の学生が来社。1時間ほど話をする。11時帰宅。講義の準備等。午後2時、帯広柏葉高校へ。僕にとって3年ぶりとなる柏葉塾。昨年はコロナ禍により中止、一昨年は予定が重なり参加できなかった。今年、僕はある変化を感じ取った。経営者になりたいという生徒が増えている。これはよい兆候だ。4時帰社。4時半、NPO法人地域子育てネット「すくさぽ」のO氏と高校生5名が来社。工場見学と講義。6時半帰宅。
講師は橋渡し役
地域の学生、生徒に向けて講義を行う機会が増えてきた。学校に出向くこともあれば、企業見学とセットで行うこともある。最初は年に2、3回だったと思うが、昨年と今年は各10回ほど。講師を依頼されると、予定が重なっていない限り引き受けるようにしている。地域の将来は自分よりも下の世代の人たちの成長によって決まる。最優先事項として捉えるべきだと思っている。
とはいえ、実際には僕が何かを教えるというよりも、話をしながら自分のほうが学んでいることのほうが多い。
これには2つの意味がある。ひとつはオートクライン。オートクラインとは、自分が話した言葉を自分で聞くことで、改めて自分が考えていたことに気づくこと。僕にとって講義、講演、プレゼンはそのような場となりやすい。すべてわかって話しているわけではない。話ながら、「ああ、仕事とはそういうものだったな」などと改めて気づくのである。
もうひとつは、学生、生徒の反応や質問内容から学ぶことである。興味・関心を持って聴いてもらえているだろうか。まずはここが気になるところ。このため、「わかりやすい話」「理屈っぽい話」「おもしろい話」「不思議な話」のバランスを考える。中学生に向けて話す場合、この配分が重要だ。講義時間が長く設定されているときには、この他に「実習」が必要となる。
質疑応答の時間は講師にとって学びの場といえる。聴き手はここに関心があったのだと気づく。また、講義内容とはまったく関係のない質問が寄せられることもある。自分や自社をリフレーミングするきっかけとなる。
我が社には僕以外にも講師経験を持つ人が何人かいる。キャリア教育として行うこともあれば、社会人向けに技術的な事柄について話すこともある。そのような機会をもっと増やしてもよいのではないかと僕は考えている。営業活動ではなく、ボランティア的な活動。経済活動とは言えないものが大半だが、自社の認知度や理念・哲学を伝える場として絶好の機会と捉えるべきだろう。我が社の考え方や活動に共感を持ってもらえる人が増えていけば、将来的によい影響がもたらされるに違いない。見返りを求めての活動ではないが、地域の人材育成に関わることは我が社にとって必要な活動のひとつといえる。
僕が中・高校生だった頃は、このようなキャリア教育を受ける機会はなかったと記憶している。大学にもなかった。2000年代に入ってからではなかろうか。出前授業、インターンシップが急速に盛んになっていった。そのような環境で育った生徒、学生が社会人として活躍し始めている。20代の若手の中にも講師が誕生しつつある。単に学んでいるだけではなく、きっと「伝える技術」についても学んでいるのだろう。
仕事というものは詰まるところコミュニケーションで成り立っているから、自分の持っている情報や技術をどのように伝えるのかが重要となる。知っているのに伝え方を知らない。技術を持っているのに生かし方を知らない。そんな人が案外多い。それは「教える・教わる」の両方を経験していないからではないかと思う。10年前、20年前に教わったことが、教える立場になったとき役立つものである。僕も30年か40年前に教わったことを40歳以上年下の人たちに伝えたりする。現役世代の人たちは、常に先人と次世代の人たちとの橋渡し役を務めなければならない。
