高原淳写真的業務日誌 > 職場環境改革 > 第11回 得体の知れない何か

第11回 得体の知れない何か

第11回 得体の知れない何か

おはようございます。
 昨日は2019年度入社試験&面接の日でした。就職氷河期と呼ばれた時代から急速に売り手市場となり、ここ数年は企業にとって採用の厳しい時代とされています。
 そんな中ではありますが、ありがたいことに我が社には魅力的な学生さんが集まってきてくれます。どうしてなのだろう? 求人誌に広告を出すこともなく、自社媒体で告知することもしばらく行っていません。わずかに自社のWebサイトの中だけで募集するという程度。たぶん、出版社で新卒募集する企業が少ないためではないか? 今のところ、僕はそう推察しています。

自分を突き動かすもの

就活中の学生の立場に立ってみると、自分の人生を懸けるに値する企業を懸命に見つけ出そうと努力しているに違いありません。安易に、初任給、勤務時間、企業規模といったもので選択するとは思えない。外形的な情報しか得られないと、数値化可能な情報を頼りにするほかありませんが、本当はもっと違う種類の情報を学生たちは求めているのではないか? 僕はそう考えています。実際、数値化不可能な情報を考慮して企業選びをしている人が多いと僕は信じています。
 そんな仮説をもとに、我が社では試験問題を独自に作成しています。ごく一般的な常識を問う設問もありますが、その人の持つ価値観が垣間見える問題もある。知識量が豊富なだけでは答えにくい問題が用意されています。
 面接もちょっと変わっているだろうな……。他社の面接がどのようなものかわからないので、僕には何ともいえません。けれども、若手社員数名に聞いてみると、我が社の面接はちょっと変なところがあるようです。単純に「面接らしくない」だけだとは思いますが。
 18年間、毎年面接を担当して感じていること。それは学生のコミュニケーション能力が年々高まってきているということです。「就活用にトレーニングした」というわけではなく、自然体で話しているように僕には感じられる。僕の新入社員時代には考えられなかったことです。
 僕にとっては不思議な現象ですが、今の若手の人にはこれが当たり前のことなのかもしれません。

さて、本題に入ります。
 タイトルに掲げた「得体の知れない何か」とはどういうことか? 僕の考えでは、人間の中にはそうした「得体の知れないもの」が隠されているということ。本当は誰もが持っているはず。しかし、表に現れることなく、普通に勤務し、普通に給料をもらい、普通に暮らしている人も多い。
 その一方、「普通に見えても普通ではない」とか「明らかに変わっている」とか「ときどき変なスイッチが入る」といった人も少なからずいるはずです。我が社には比較的多いのではないかと思います。「得体の知れない何か」が自分を突き動かすのです。
 企業経営者の場合には、この「何か」がなければたぶん自社を経営することは不可能といえるでしょう。自分の損得とか合理的な判断ではあり得ないような行動をとる。それが企業経営には求められる。
 社員の場合はどうか? 僕は新入社員でも定年間近のベテランにも、損得や合理性を超えたものを持った人が必ず含まれていると考えています。ある特定の仕事に対して熱中してしまうという人。あるいは80の結果が求められているのに、120まで高めないと納得できないという人。
 そう考えてしまう背景には何があるのか? 熱中、こだわり、マニアック……。社内では、自分の中にあるそうしたものを分析し、「個人のコア・コンピタンス」を明らかにしましょう、といった取り組みを行っています。実際、僕自身のコア・コンピタンス(中核となる強みの束)は、どれも熱中できるもので、こだわりがあって、マニアックな知識を持っているものです。
 わからないのは、「なぜ熱中できるのだろうか?」ということ。
 このあたりは僕の著書「激訳・キャリアプラン」にも書いたことですが、単なる「好き」というレベルを超えて、「とことん好き」という状態に到達したからなのかもしれません。とことん好きになると、好きなことの中に含まれている好きではない部分も気にならなくなる。要するに、丸ごと好きになることができる。
 人を好きになるときと同じだと思うのです。「あの人の目は好きだけれど鼻は好きじゃない」とは考えないでしょう? 丸ごと好きになるから、とことん好きになれるわけです。仕事も同じですよね。

まだ「得体の知れない何か」という話には至っていません。
 では、何が「とことん好き」にさせるのだろう? あるいは、好き嫌いを超えて「とことんやらずにはおられない」と感じさせるのだろう?
 昨日たまたま見ていたテレビの中に、ホンダ創業者、本田宗一郎の幼少期の話が紹介されていました。鍛冶屋に生まれ、トンテンカンの槌の音とともに育った。トンテンカンを聞いていればご機嫌な子供だったという話。そこから宗一郎の人生をたどっていくと納得できるのではないかと思います。
 このあたりに秘密を解く鍵があるのかもしれません。「得体の知れない何か」は幼少期に植え付けられたという説。
 幼少期には限らないでしょう。子供時代に何度も経験しているはずの強烈な体験。人によっては強烈すぎて忘却力が発揮されるようなこともあるでしょうし、体験時にはささいなもののように思われても次第に強烈度が増していくような出来事。プラスマイナス両方ともいろいろ体験して大人になるはずです。
 たぶん、そのような体験が自分の脳みその一部に刻み込まれていて、自分が何か意味のある仕事をしようと試みるときに、必ずアクセスされるように回路ができあがっているのではなかろうか? 僕の中にも、何かをしようとすると必ず思い出す過去のシーンがある。だから、本当は好きではないのに手を抜くことができない、というものがあります。もう、好きか嫌いかは大した問題ではないと思うことも増えてきました。
 自分が「得体の知れない何か」に突き動かされて行動しそうになったとき、それが実際にできる会社なのかどうか? 就活中の学生にはここを見極めてほしいと思いますね。服従よりも挑戦を求める会社。我が社はそうありたいと考えています。 

〒080-0046 北海道帯広市西16条北1丁目25
TEL.0155-34-1281 FAX.0155-34-1287

高原淳写真的業務日誌