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偶然とその前後56 平成元年と今との共通点

偶然とその前後56 平成元年と今との共通点

おはようございます。
 朝4時半から約3時間、パソコンに向かう。エクセルを使った作業。思ったより時間がかかったが、頭の中は次第に整理されていった。8時半、四役会議。午前中はブログを書く余裕はなく、午後2時半頃アップすることとなった。2時45分出社。3時終礼。終礼はオンラインではなくリアルで行うこととした。3時半帰宅。1時間半かけてカレーを作る。

平成元年と今との共通点

今朝、登場人物も背景もすべて色鉛筆で描かれている夢を見た。ストーリーは意味不明だが、舞台は1989年。今年2021年との直接的な関連は僕には見いだせない。ただ、この年は日本にとっても世界にとっても、そして僕個人としても重要な年だった。1月7日、昭和天皇が崩御。8日が平成最初の日となった。
 日本はバブル景気。僕らはバブルとはまったく関係なく、7月に(有)遊文館を設立している。世界に目を転じると、ベルリンの壁崩壊、天安門事件、冷戦終結。世界史の転換点となった年。
 僕は20代だったこともあり、とことん働くか、大酒を飲むか、写真の撮影・暗室作業をするかのいずれかだった。毎日充実感と幸福感を感じていた。だが、その一方では「こんないい時代がいつまでも続くはずはない」などと、後ろ向きなことも考えていた。この頃、僕は精力的に個展のための写真制作に励んでいた。僕の作品はプラス思考とマイナス思考が混在する中から誕生したと思われる。
 物事がうまくいっているときにも、不安、苦しみ、悩みがある。その逆に、うまくいっていないときにも、期待、楽しみ、成長意欲があるものだ。写真を撮っていても、原稿を書いていても、あるいは経営指針をつくっていても、いつも考えるのは「現象面にとらわれてはいけない」ということである。実際には、目の前の出来事にとらわれてしまう自分もいるわけだが、頭の中では現象の背景にあるものに目を向けようと思っている。
 バブルが崩壊したのは1991年前後のこと。僕らの仕事はバブルの影響はまったくといってよいほど受けておらず、崩壊後の悪影響もなかった。地価が下がったら、首都圏で家が建てられるかもしれない……などと考えていた。
 そのときの社会情勢や好不況からまったく影響を受けないということはないのだが、東京で仕事をしていた頃、僕らはまるで無関係であるかのように、いつも締め切りに追われていた。ただ、女性誌の取材記事がバブルっぽいテーマから節約志向なものに一変。雑誌媒体の変わり身の早さに驚いた。
 平成に変わった1898年から90年代初頭。この頃は世の中の激変期だった。多くの人たちが浮かれていた。そして、一部の人たちはその後、青ざめることとなった。30年経った今は、反対に多くの人たちが沈んでいる(十勝には元気な人たちが多いが)。改めて、今が激変期であることを思い出す必要がある。沈みっぱなしということはなく、必ず浮上する。どのように浮上するのかについて、今、企業経営者らは真剣に考えているという段階だ。
 大きな発想の転換が求められている。76年前の敗戦から奇跡的ともいえる経済成長を遂げ、日本はバブルで絶頂期を迎えた。その後、バブル崩壊。「失われた30年」経験し、景気のいい時代を知らない世代が若手から中堅幹部となった。
 今はピンチであると同時に、絶好のチャンスなのである。この激変期のチャンスを逃すと「先進国からの転落」が現実味を帯びてくる。個人も企業も国家も必ず浮上するものだが、浮上しようという意欲が乏しければ沈んだままとなる。高度成長期とは時代背景もやり方も異なるが、成長意欲という点ではいつの時代も変わることはない。個人は自分の仕事に対して充実感と幸福感を追求すべきであるし、企業経営者は責任感と使命感を再認識しなければならない。
 今年の正月休みは曜日の並びによるものか、例年よりも短く感じられる。1月4日までの6日間、自社の内部環境分析ともに、世界、業界、地域の情勢をインプットし、何をどうすべきか考え、文書にまとめる必要がある。毎年行っていることだが、今年は例年以上に本気で考えねばならない。

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