
おはようございます。
午前8時半、朝礼。1年10ヵ月ぶりか? 会社から朝礼に参加した。永年勤続表彰をするためだった(昨年はオンラインで行った)。対象者は勤続10年が5名。20、30、40年という人はいなかった。表彰状と記念品を手渡す。朝礼後、記念写真を撮る。11時、同友会事務所。オンラインビジネス研究会のリーダーミーティング。12時帰宅。12時半、T氏とともに更別へ。1時15分到着。スロウの取材。2時半頃終了。雪が降ってきた。3時半帰宅。5時、同友会事務所。5時半、中小企業家同友会とかち支部四役会。6時、幹事会。大雪のためかどうかわからないが、幹事会は予定より30分早く終了した。8時帰宅。
朝起きると、完全に「冬」になっていた。積雪55センチとのこと。クナウハウス住人の車は雪に埋まっていた。
楽しい仕事
みんな、ちょっと前までは新入社員だったのに……。気づいたら勤続10年とは……。勤続10年の人たちにとって「10年は長い」と思うかもしれませんが、僕にとっては、つい昨日のことのように思い出されます。一人ひとり、入社した頃のエピソードを覚えています。ここ数年、僕の記憶力は格段によくなってきている。あと10年もすると、2000年以降の我が社の社史を執筆できるようになるかもしれません。
世の中に本当の意味で「楽な仕事」というものはないと思っていますが、楽な生き方をしようと思えばできる時代でもある。このため「楽」を深追いしすぎて、楽しくない仕事人生を送る人が少なくない。「楽(ラク)」と「楽しい(または愉しい)」の区別がつくようになるには、やはり10年くらいの歳月が必要なのではないか。僕はそんなふうに考えています。
全員というわけではありませんが、多くの人は「楽しい仕事」を求めて我が社にやってくる。当然です。僕も「楽しい仕事」を求めています。こんな仕事をしたら楽しいに違いない。そんなイメージが頭の中に浮かぶ。そして、我が社の中には実際にそのような成果物がときどき誕生する。自らの手で、楽しくて意味ある仕事を行いたい。あるいは、そのチームの一員に加わりたい。そう思うのは自然な欲求といえるでしょう。
そこまではよいのですが、重要なものが欠落したまま「楽しい仕事」をイメージする人がときどきいます。「楽しい仕事」には、もれなく「大変な仕事」がついてくる。もしかすると、苦しい、辛い、面倒くさい仕事と捉える人もいるかもしれません。そこで「思い描いていた仕事ではなかった」と言って離れていく人もいます。一方、「大変」を「楽しい」の一部に組み込み、「どちらも自分の仕事なのだ」と捉え直して業務に邁進する人も現れる。どちらが、より楽しい仕事人生と言えるのか。これは、その人の価値観によって異なることでしょう。
どのような職種にも大変さはついてくる。「大変」から逃れようと思えば、「楽(ラク)」を求めた仕事選びとなる。それもひとつの生き方です。ただ、私生活においても大変なことが山のように待っているわけですから、仕事の「大変」も一緒に引き受けるほうがよいのではないかと思います。仕事を通じて「大変」を乗り越えれば、人生における「大変」への対処法がわかるかもしれない。勤め人の場合、会社のお金で「大変」への対処法を学べるのですから、ある意味、ノーリスクと言ってよい。人生における「大変」は、自分で全リスクを背負わなければなりません。
大変、辛い、苦しい、面倒くさいを含んだ「楽しさ」。この場合、「愉しい」という字のほうがイメージに近い。この楽しさ、愉しさがわかるようになるための10年。次の10年には別な課題が待っていることでしょう。
充実した仕事人生を送るには、「まるごと好きになる」か「好き嫌いを超越する」しかない、と僕は考えています。僕はよくよく考えてみると、「この仕事が好き」と思ったことはほとんどありません。しかし、やらずにはおられない。いつも苦手意識を感じながら、それでも書かずにはおられない。そして、ひとつの仕事が完結した瞬間、「ああ、楽しかった」などと思ったりする。勤続10年の人たちは、どのようなときに「楽しい」と感じるのだろう? ちょっと気になります。
