
おはようございます。
午前8時半、朝礼。8時50分から猛然と作業を進めていく。中小企業家同友会とかち支部経営指針研究会報告集の制作。数年前、制作方法を変更してずいぶん作りやすくなったのだが、それでも丸一日かかる。それを一気に短縮しようと試みる。午後2時過ぎ、いったんまとめる。幹部会議の準備。4時、幹部会議。6時半、同友会事務所。四役会。9時半帰宅。
コア・コンピタンスとUSP
なぜか、「積小為大」という言葉が頭に浮かんだ。二宮尊徳の言葉。
「大事を為さんと欲せば小なる事を怠らず勤しむべし。小積もりて大となればなり。凡そ小人の常、大なることを欲して小なることを怠り、出来難きことを憂いて出来やすきことを勤めず。それ故終に大なすこと能わず」
この名言を忘れたことはないのだが、手っ取り早く成果を手にしたいという欲求が勝り、失敗したことが何度かあった。また、「小なる事」を怠ったために手に入らなかった能力もある。反省の多い半生だ。
我が社にも同じような失敗がいくつもある。だが、その一方ではコツコツと積み重ねてきたものがある。これには途方もない時間と労力が費やされている。思い出すだけでも気が遠くなりそうだ。したがって、容易には真似されないだろうし、人が変わっても受け継がれていくものだと考えている。
しかし、何事も油断は禁物だ。何か、妙なきっかけによって技術レベルが低下したり、知識・ノウハウが失われてしまうことがある。社風にしても、10年かかって築き上げてきたはずなのに、瞬く間に緩んだり、淀んだり、変容してしまうリスクがある。
コロナ禍によって、社風が変化したという会社が多いのではなかろうか? コロナは自分・家族・社員が感染することが恐ろしいというよりも、コロナ禍による目に見えない影響のほうが脅威であるように感じられる。この2年間で何かが大きく変わった。よい変化もあるが、コロナ禍によって、おろそかになった「小なる事」がいくつかある。ここを立て直さなければならない。
その一方で、これまで水面下に隠れていた「積小為大」的な活動が視界に飛び込んでくることがある。これは個人の能力ということもあれば、チーム、部署としての強みであったりもする。もしかすると、平時であったなら、気づかないのかもしれない。また、日常業務の中では目につきにくいものである。
平時であっても、たとえば自社開催のイベントのような場面では、個人の意外な能力に気づくことがある。また、ふだんはコミュニケーションスキルに問題があると思っていても、イベントや祭になると絶妙のコンビネーションが発揮されたりする。したがって、平時には「意識的に平時ではない状況」をつくり出す必要がありそうだ。
今のような異常時には、自社のさまざまな問題が発見できると同時に、これまで目に映らなかった可能性に気づくことができる。自社のコア・コンピタンスは何なのか、僕はずっと考え続けている。結論はとっくに出ているが、それでもまだ考えている自分がいる。これまでコア・コンピタンスだと思っていたものが、経営環境の変化によって通用しなくなる可能性もあるからだ。現在だけではなく、数年後のコア・コンピタンス。さらに、このコア・コンピタンスをUSP(ユニーク・セリング・プロポジション)として表すなら、どのような言葉になるのだろう?
コア・コンピタンスとUSP。新たに言葉を考えるにしても、過去から積み重ねてきた自社の能力であることに変わりはない。積小為大によって我が社の資産となったものがいくつかある。なのに、まだ十分生かされていないものがあることに気づかねばならない。もしかすると、今日はそうした発見の日になるかもしれない予感がする。
