
おはようございます。
昨日はスカイプ会議。札幌でテレワーク中のK氏を交えて、5名で新企画のアイデア会議を行いました。若手の人はいいセンスを持っているな……というのが僕の印象。僕が持っているのはセンスではなくウチワ。というわけで、今朝は内輪ネタで書き進めることにします。
正々堂々前に出よ
取材では企業や店舗を訪問することが多いのですが、一般家庭を訪れることも少なくありません。というか、スロウの取材では半分くらいが個人宅かもしれません。
そんなとき、ごくたまにあるんです。コーヒーを出していただいた際、「実は我が家には砂糖がないんです」と告げられることが。僕は「あっ、やっぱり」と思うことがある。滅多にはありませんが、ふだん砂糖を使わないという家がある。この感覚、わからない人には永遠にわからないでしょうが、僕にはわかる。我が家にも「砂糖がない」という時期がありました。
僕は数年前まで非常に熱心に料理をつくっていました。M氏が熱心に料理づくりをするようになってからは、自称「料理長」から「追い回し」に格下げ。僕は「基本がわかっていない」のだそうです。おいしい料理を作るのとちゃんとした料理を作るのとでは、根本的に異なるもののようです。僕の料理は最終的にはおいしいものとなるが、完成に至るまでのプロセスはずいぶん怪しい。
それはさておき、僕のつくる料理に砂糖が使用されることはありません。M氏の料理でも、料理撮影の仕事を除き、使っている姿を見ることは数年に一度あるかないか。だから、「砂糖のない家庭」というのも理解できます。
我が家の場合、甘いものが嫌いというわけではありません。餡子をつくるときには、これでもかと思うくらい砂糖を投入している。M氏が餡子づくりをするようになったのは、ここ数年のことなので、僕は最初ビックリしました。こんなに砂糖好きだったとは……。
M氏と僕の共通する味覚は、料理に砂糖由来の甘さは不要、デザートは甘くてもOK。僕が料理で砂糖を使うのは、唯一、パンを焼くときだけでしょう。
砂糖と僕とは実に奇妙な関係にあるようです。
北海道の家庭料理ではけっこう砂糖が多めに使われる傾向にあります。何かがちょっと違う……。そう思ったのは高校生の頃。自分で料理を作ったほうがおいしいと感じたのです。大学生になって自炊すると、自分の好きなように味付けできる。砂糖抜きの料理。大学時代は人生の中でもっとも食欲旺盛な時期だったのではないかと思います。
一度、名古屋の友人宅に誘われて、すき焼きをご馳走になったことがあります。目玉が飛び出るかと思いました。信じられない量の砂糖がすき焼き鍋に投入されたのです。ほとんど砂糖漬けのような肉を溶き卵で薄めながらいただく。貴重な体験となりました。
名古屋は別格かもしれませんが、北海道も砂糖消費量が多い。帯広でもすき焼き料理の店で食べると、間違いなく砂糖の味がします。そういう料理なのかもしれません。
ジンギスカンのタレにも砂糖がかなり使われています。シュガーレスのタレがあったらよいのに、と真剣に探していますが、まだそのようなジンギスカン(またはタレ)には出合っていません。
気づくと、豚丼にもカツ丼にも砂糖の甘味を感じる。ビート農家にとっては好ましい現象かもしれませんが、もう少し選択肢がほしいというのが僕の願い。砂糖はデザートで十分摂取しているので、料理のほうでは勘弁してほしいと思っています。
50年近く前、幼少期にはかなりの砂糖好きでした。子供とはそういうものかもしれません。砂糖がおやつでした。手の届くところにあった食べ物が砂糖だったからでしょう。角砂糖や氷砂糖をなめていた。藤丸で買った金平糖を食べることもあったが、これは特別なおやつだったといえましょう。
砂糖とは対極にあるしょっぱいおやつも好んで食べていました。やはり、子供でも入手可能だったという理由によるもの。梅漬けをおやつとして食べていた。バリエーションとしては小梅と梅仁丹(梅仁丹は入手経路が異なりますが)。梅を中心に漬物をつまむことが多かったと記憶しています。
健康を気にする年代ではありませんでしたから、甘いものもしょっぱいものも、思う存分食べていました。考えてみると、中間ゾーンのほどよい味覚のおやつというものが少なかった。たぶん、ビスコとか、かりんとうとか、南部せんべいといったさまざまなおやつがあったとは思うのですが、さほど興味はなかった。
中間ゾーンの味に関心を持つようになったのは、プロセスチーズと出合った10歳頃(たぶん)のこと。ここから、スルメ、カルパス、コマイ、柿の種……の味を知るようになる。自宅で宴会が行われ、その残りを口にしたのがきっかけでしょう。今でも、ほとんど干からびたプロセスチーズの味が忘れられません。
話を砂糖に戻します。
僕の考えでは、砂糖とは限りなくそのまま食べるもの。砂糖をストレートに感じられるような食べ物、飲み物はおいしくいただくことができる。今はなきミリンダ・ストロベリーなどは、イチゴ味ではなく、ほぼ砂糖の味(またはチクロの味)でしたね。
一方、醤油味や味噌味に隠れて砂糖の存在を感じてしまうと、「歯がじんじんする」(一時期M氏がよく使っていたフレーズ)ような料理だと思ってしまう。おしるこやアイスクリームはおいしく食べられるのに、甘い煮物が苦手というのは、砂糖が全面に出るか背後に隠れるかの違いによるものではなかろうか? 普通の味覚の人にはどうでもよい話ですね。すみません。
そんなわけで、僕は自分では砂糖嫌いだと思っていましたが、その摂取量は平均レベルかそれ以上のような気がします。砂糖味は隠れることなく、堂々と前に出るべきだ、というのが僕の今日の主張したい事柄です。
