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第5話 コーヒーの記憶

第5話 コーヒーの記憶

こんばんは。
 明日は早朝出発予定なので、夜のうちに書こうと思います。
 夜といえば、やはりコーヒーということになるでしょうか。コーヒーなら朝でも昼でもよいのですが、僕の記憶をたどっていくと、夜がふさわしいような気がします。といっても、「コーヒーの記憶」と題するような特別なエピソードがあるわけではない。ただ、遠い記憶の中に緑色のMJBの缶があったというだけ。
 不思議です。子供の頃、我が家にレギュラーコーヒーを入れるという習慣はあったのだろうか? 好奇心いっぱいだった僕は、茶こしにコーヒー豆を入れてお湯を注いでみました。すると、イメージ通りのコーヒー色に……。
 ここまではよかったのですが、一口飲んでみると「うわっ!」。コーヒー豆を飲み込んでしまいました。使ったのが茶こしですから、当然ですね。苦いコーヒー初体験でした。

求道的な雰囲気

インスタントではないコーヒーを飲むようになったのは高校生の頃から。喫茶店で飲むという、ありがちなパターン。大学に入ると、なぜか「コーヒー入門」といった本を購入し、マンデリン6:モカ4などと、知ったふうなブレンドでコーヒーを入れていました。何となく、コーヒー=大人というイメージだったのでしょう。僕の友人も「やっぱりブラックだな」などと、どうでもよいセリフを口にしていました。
 我が社にはコーヒー好きと「ほぼ飲めない」という人の両タイプがいます。取材へ行くと、ほぼ飲めない人にコーヒーが出てくることがあって、決死の覚悟で飲んでいる(?)ようです。苦手だから、一気に口に入れてしまおう……。そう思って速やかに飲み干したら、コーヒー好きと誤解され、おかわりが出てきたという、笑えるような苦い話も数多くあります。
 今のスロウ編集部員は、ほぼみんなコーヒー好き。僕は時間があるとせっせとコーヒーを入れるようにしています。会社のコーヒーメーカーは15杯用。僕のコーヒーカップだと4杯用になってしまうのですが、まあ、10人くらいは楽しめるでしょう。
 今年は5月から水出しコーヒーを抽出するようになりました。僕の言葉の使い方でいくと、ホットコーヒーは「入れる」、水出しコーヒーだと「抽出する」になります。どうでもよい話ですが……。水出しコーヒーのほうも1回で15杯分くらい抽出可能です。
 今、我が家には、日曜から月曜にかけて23時間くらいかかって抽出した水出しコーヒーが冷蔵庫に入っています。一日自宅にこもって原稿を書いていたため、会社に持って行くことができずにいます。たぶん、これはほぼ間違いなくおいしい。地元、珈琲専科ヨシダの「ジアマンチーナヨシマツ」を使用。といっても、どんな豆かよく知らず、今回初めての購入。ネットで調べると、おもしろいストーリーが載っていました。
 あ、コーヒーにはストーリーもつきものですね。カフェや焙煎職人を取材すると、かなり高い確率で興味深いストーリーに出合う。ミステリアスな飲み物です。

これまで実に多くの取材をしてきました。全国各地同じなのかもしれませんが、北海道にはユニークなカフェ(僕の年代だと「喫茶店」と言いたい)が多い。ビジネスであることは間違いない。けれども経済活動というよりも、コーヒー豆の香りの中に自分の身を置きたいと考えているのではなかろうか? そんなカフェのオーナーが多いような気がします。
 歴史をひもとくと、18世紀、長崎の出島に持ち込まれたのが最初ということになっているようです。ただ、特別な身分ではない人が初めて飲んだのは、稚内の地。駐屯する幕臣たちのために薬としてコーヒーが支給されていた。というわけで、稚内が日本におけるコーヒー発祥の地のひとつといってよいのではないかと思います。
 また、北海道はひっそりとコーヒーを楽しむにはよい場所だと思うんですね。周囲に人がいないと思うような陸別の奥地とか、焼尻島にあるカフェなど、不思議な立地条件の店がけっこうあるものです。店を開いているというより、何かを研究しているのかもしれません。
 取材で豆のハンドピックをしている姿を見ると、何やら求道的なものを僕は感じます。神聖な儀式のように思えるのです。選び抜かれた豆を焙煎し、さらに注意深く抽出する……。一杯に込められ思いの総量によって、味や香りに違いが生じるような気がします。
 あ、ここでも僕は「抽出」という言葉を使用しました。どうやら、ホットか水出しかではなく、丹念に注意深く入れたときに、僕は「抽出」という言葉を使っているようです。

コンビニの100円のコーヒーも、インスタントコーヒーも、さらには缶コーヒーであっても、ずいぶんおいしいものが増えています。
 しかし、カフェでプロが抽出するコーヒーは、まったく別次元の飲み物ですね。コーヒーには酸味、苦味、コク、香り、そして浅煎りか深煎りかといった違いがありますが、プロが細心の注意を払って抽出したコーヒーには特別な存在感が感じられるもの。もう、おいしいかどうか、酸味か苦味かといった単純な評価基準にはなり得ません。
 ここではコーヒーの抽出の仕方について書くつもりはありませんが、ある種、神経が張り詰められていると感じることが多い。そして手の動きも正確ですね。僕には到底真似できない。自宅で飲む分にはコーヒーメーカーで十分。しかし、たまには超絶技巧のように思われるプロのコーヒーを味わいに行ってみたいですね。
 カフェの場合、居心地とかロケーションとか建物の味わいといったものも大事でしょう。ただ、純粋にコーヒーの味だけを追い求めている。そんな店にはやはり惹かれてしまいます。微差がわかるほんのひと握りの人たちのために最高の技術を提供する。そんなカフェがあってもよいですね。うーん。やっぱりしっくりきません。カフェではなく、そういう店は「喫茶店」と呼ぶべきでしょう。薄暗い喫茶店で最高の一杯を味わう。そういう時間を持つことも豊かな人生には欠かせません。

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