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写真論21 ハイキーとローキー

写真論21 ハイキーとローキー

おはようございます。
 午前7時半、SLOW livingへ。水出しコーヒーの準備他。8時半帰宅。9時すぎ再び店へ。9時半帰宅。10時、とある会議にZOOM参加……と思いきや、日程を勘違いしていた。前日、6月2日に開催されていたのだった。事務局から送られてきたメールで知り、ビックリするとともに申し訳ない気持ちになった。空いた時間はロータリーの報告書作成その他に充てる。午後1時半出社。来客。2時半帰宅。事務的作業とスロウ次号の準備。4時、幹部会議。6時、ノースランドへ。帯広市倫理法人会設立20周年記念式典。9時過ぎ帰宅。
 しばらく、写真らしい写真を撮っていない。今朝は、少しだけ写真について書いてみたい。

それぞれの適正露出

僕は常に適正露出で美しい階調の写真をつくりたいと考えています。これは高校生の時から不変。ですが、高校時代の適正露出・美しいと思う階調と現在のそれとでは、少しばかり違いがあります。
 もっとも異なっていたのは大学時代でしょう。この頃の僕は、今では考えられないほどローキーな写真を制作していました。ローキーとは、ひと言でいえば「暗い写真」。テーマが暗いのではなく、黒っぽい写真ということです。撮影時にアンダーで撮っていたというわけではありません。ほぼ適正露出。引き伸ばしの際に焼き込んでローキーに仕上げていたのです。
 ところが、当時の僕にはローキーという認識はまったくありませんでした。これが適正で美しい階調なのだと思っていた。実際、黒っぽくはありますが、シャドウ部がつぶれていたわけではない。よく見ると、そこに美しい階調がありました。大学卒業からしばらく経って、適正露出が世間並み(?)になったと思います。
 これは、当時の自分の心境が投影されていたからなのでしょう。写真で生きていけるのかどうか、という不安な日々を送っていたことが要因だったのかもしれません。写真には写真家の心理状態が表れる。ぼんやりしているときは、眠い調子の写真になりますし、攻撃的な気持ちの時はハイコントラストなプリントをする。印画紙の号数にすると1号程度の違いしかありませんから、ほとんどの人は気づかない。けれども、自分はそのことをよく知っています。
 SLOW livingで販売するため、60点ものポストカードを作成しました。スロウ創刊当時の写真から近年のものまで。編集者が選んだものを調整していきました。すると、初期の写真と近年のものとでは、階調が異なっているのです。フォトショップでの調整の仕方に違いがある。初期の作品は、今の僕にとっては眠い写真。何となくわかっていたものの、少しビックリしました。
 一方、我が社の中でいい写真を撮っている何人かの露出傾向を見ると、僕とはずいぶん基準が異なっています。1~2絞りくらい違っていたりする。明らかにハイキーなのです。適正露出に近いものもありますから、たぶん意図してハイキーにしている。これも気持ちの表れなのだと思います。
 ハイキー、ローキー、そして適正露出。どれが正しいというものではありません。表現に合っていればよいわけです。
 しかし、僕はハイキーに撮ることはたぶん一生ないだろうな……。かなり自信を持ってそう言えます。というのも、僕は「シャドウ部がつぶれること」と「ハイライトが飛んでしまうこと」に対して、恐怖に近い感覚を持っているからです。ハイキーに撮ると、必ずハイライトは飛ぶ。モノクロフィルムで撮影したなら、露出オーバーでも焼きで何とかなりますが、デジカメでハイキーに撮ると、そこに情報は何もない。シャドウ部のつぶれも、情報ゼロ。つぶれる直前と飛ぶ直前。この間にある豊かな階調をいかに再現するか。ここを大事にしたいというのが僕の写真の階調に対する考え方。
 もちろん、これは僕の考えであって、ハイキーでもローキーでも素晴らしい作品は世の中にたくさんあります。ローキーはともかく、ハイキーな作品は僕にはつくることのできない種類の写真です。

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