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仕事観について128 「何でもできる」と「これしかできない」

仕事観について128 「何でもできる」と「これしかできない」

おはようございます。
 朝、ひと仕事してからSLOW livingへ。作成したPDFを出力。問題なく使用できた。いったん自宅に戻ってから、M氏宅の引っ越し作業の手伝い。と思ったら、すでに作業は完了していた。帰宅後、ひと休みしてから動画の編集を試みる。少し方向性が見えてきた。昼食後、1本完成させることができた。2本目の撮影。続いて、編集作業。4時50分、買い物へ。6時過ぎ帰宅。

ようやく動画編集ができるように

動画編集ソフトと言えば、Adobe Premiere Proということになるのでしょうが、僕にはどうも使いこなすことができません。Adobe Premiere Rushなら使えるようになるのかな……。あれこれ調べていたら、Windows10に標準装備されている「フォト」で動画編集ができるとわかりました。
 ただし、できることは限られています。僕が使いたいと思っていた「画面の一部に写真を挿入する」ことはできないようです。それでも使いやすいほうがよい。というわけで、比較的ストレスなく、1本の動画を完成させることができました。
 高機能なソフトと必要最小限の機能だけ備えているソフト。どちらがよいのかは使う人間次第。僕は動画に関しては素人であり、使用目的も限られています。できるだけ簡単なソフトのほうがありがたい。
 「何でもできる」というのはよいことですが、「これしかできない」という商品にも存在価値があるものです。これは人間にも当てはまりますね。何でもできる人は貴重な存在と言えます。一方、これしかできないという人にもその人ならではの価値がある。
 ただし、「これしかできない」という人にはリスクがある。その能力が必要とされない時代がやってきたとき、自分の存在価値が危うくなってしまうんですね。ですから、人間の場合は最低2つの能力をプロレベルに高めておく必要があるのではないかと思います。ひとつに絞り込むとすれば、「永遠に価値が損なわれないような能力」ということになるでしょう。
 「フォト」で動画編集をしていると、「これしかできないの?」と思ってしまいます。できることが非常に少ない。それゆえに、使い方がわからないということがほぼない。使っていて迷うことがあるとすれば、「このくらいできて当然」と思って、使えない機能について調べようとしてしまうこと。しかし、調べるまでもなく「使えない」のですから、「ああ、そういうものなのか」と納得することになる。
 それで「このソフトは使えない」と思うのかどうかは、ユーザー次第と言えるでしょう。僕の場合は、使える機能だけ使って、目的に沿った動画を完成させようと考えました。高機能なソフトを悩みながら使いこなすよりも、単純な機能を使って1本完成させるほうがよい、と思ったのです。自分の本業で使用するフォトショップや一太郎であれば、とことん使い方をマスターしたいと考える。動画ソフトは「一応」というレベルでよい。
 話を戻します。「何でもできる人」にはちょっとした落とし穴があるのではないかと思います。自分の人生テーマを絞り込む前に、別な方向への興味・関心が湧いてくる。別な道でも器用にこなすことができるため、次々に路線を変更する。結果として、テーマ性の薄い人生となるのではないか。もちろん、「何でもできる」は強みですから、人生テーマを定めた上で、さまざまな能力を身につけていく人もいます。
 「何でもできる人」と「これしかできない人」。そのどちらにも価値がある。要は、その能力をどのように生かしていくのかということでしょう。人がうらやむような能力があっても生かしていない人がいます。一方、ひとつの能力をコツコツ磨いてプロになっていく人も大勢います。仕事に対する取り組み姿勢次第と言えそうです。

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