おはようございます。
昨夜、網走から戻ってきました。おもしろい取材だったな……。ざっくり書くと動物の健康の話。人間にも当てはまります。食べ物って大切。改めてそう感じます。
帰り道もふたりのI氏が交代で運転してくれました。僕は後部座席にただ座っているだけ。手持ちぶさた。自然に手が伸びたのは、取材前に道の駅で買った鮭とば。ここにニハチ食品(小清水)のとばがあるとI氏が教えてくれたのでした。久しぶりの味。
鮭とばと仕事
僕が鮭とばについてちゃんと考えるようになったのは、6、7年前のこと。今は産休中のK氏と一緒に取材で遠出していたときの会話がきっかけだったと記憶しています。
K氏も僕もとば好き。ですが、K氏には鮭とばに対してひとつの思想のようなものがありました。僕がコンビニで買った普通のとばを見て、「ソフトタイプかぁ」と言い放ったのでした。
「とばはハード系に限る」というのがK氏の主張。しかし、その後わかったのは添加物問題だったんですね。その頃、僕はまだ添加物には無頓着なところがあって、原材料名の欄にいろいろ書いてあっても、「入れすぎじゃないの?」と思うだけで、さほど気に留めていなかったのです。
しかし、K氏の指摘を受けて、改めてハードタイプの鮭とばを食べてみると、全然味が違う。まったく別な食べ物だと思いました。
恐るべし。本当に恐るべしなのは、鮭とばを別な食べ物にしてしまう各種添加物や甘味料のほう。ちゃんとした鮭とばの味を知ってからは、意識してハードタイプを選ぶようになりました。
とはいえ、なかなか売っていないんですね。ハードタイプであったとしても、すべてがちゃんとしているというわけではありません。原材料名が「鮭、食塩」とだけ書かれている鮭とばは、実は極めて少ないというのが現状なのです。一見よさそうに見えても、アミノ酸等が入っていることもある。したがって、取材で遠くへ行くたびに、とばを見つけては原材料名のチェックを繰り返していました。
そうして見つけたのがニハチ食品の鮭とば。その後、取材させていただきました。
よく探してみると、他にも「鮭、食塩」という鮭とばをいくつか発見することができました。見つけると必ず購入するようにしています。M氏が同乗しているときは、僕に代わってM氏が大人買い。僕はまだ大人になりきれていないためか、中途半端な分量しか買わないことが多いのです。
M氏が大人買いしてくれる理由は、僕の居眠り運転対策用として。僕はとにかく「ハンドルを握ると眠くなる」ようになってしまったのです。
スロウ創刊当時には、そのようなことはありませんでした。稚内でも函館でも根室でも、どこへでも眠気を感じずに運転できた。しかし、いつの頃からか、眠くてたまらなくなった。スロウの取材では長距離ドライブが続きます。どこかで僕は「一生分運転してしまった」のでしょう。自分でハンドルを握るよりも、助手席でぼんやりしているほうが好きになった。ただ、M氏と取材へ行く際には、100%僕が運転することになります。今は鮭とば、ガム、かむかむレモンのいずれかが欠かせません。ただ、かむかむレモンも、甘味が気になります。本当はポッカレモンをストレートで飲むというのが理想ですね。飲んだことはないけれど。
ともかく、ハードタイプの鮭とばは僕の運転の友となりました。
鮭とばって、いつ頃から食べるようになったのだろう? 僕の記憶をたどってみても、どうも判然としません。子供の頃、コマイは食べたけれど鮭とばを食べたという記憶はない。高校生になってから、あるいはそれ以降に知った食べ物のようです。
味の原体験が弱いため、ソフトタイプに対して大きな疑問を抱くことなしに食べていたのかもしれません。子供の頃に本物と出合う。大切なことですね。
ハードタイプとソフトタイプ。これを別な観点から見ていくと、鮭とばだけではなく、人間にも当てはまるような気がしてきました。
ハードタイプの人間とソフトタイプの人間。世の中には両方います。単に性格的にハードとかソフトと分類することもできるでしょうが、もう少し内面をよく観察していくと、妥協を許さない人と何でも妥協する人とに大別できるのではないかと思います。
妥協するということは、鮭とばにたとえると添加物や人工甘味料が入っているという状態。良し悪しを単純に論じるつもりはありません。けれども、いろいろ混じり込んでしまって、「本来の味」がわからなくなってしまうことがあるものです。自分のもともとの味。自分でも、自分がどういう人間なのかわからなくなってしまう……。ちょっと恐いことだと思います。
鮭とばに限らず、素材本来の味がほとんどわからなくなってしまっている加工食品が実に多い。これは僕にとっては困った状態。何10年たってもカビが生えないのではないかと思うような食品が並んでいたりします。これは消費期限との兼ね合いでそのようになってしまったのかもしれません。
しかし、もうひとつの理由もありそうな気がします。本来の味をわからなくする。そんな目的で過度に味付けされているものもあるのではないか? 僕はそう疑っています。
できるだけ良質な食べ物を体内に取り込むと同時に、自分という素材を大事にすることが大切ですね。妥協的な仕事の仕方をしていると、自分本来の味がわからなくなる。共同作業の場合は関係者と折り合いをつける必要が出てくるわけですが、できれば妥協よりも相乗効果を求めたいところ。ハードな鮭とばをかみしめながら、自分の仕事について考えるのもよいものです。
今日は道北。鮭とばのお世話になること、間違いありません。