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第13話 苦い経験

第13話 苦い経験

おはようございます。
 中川と上勇知へ。宿泊は名寄。不思議な天気でした。曇り、雨、晴れが頻繁に入れ替わる。人生を象徴しているかのようです。何となく、体が薄味を求めている。と同時に、ちょっと苦いものを食べたいとも感じています。年齢とともに……ということではなく、その日の心の状態と関係がありそうです。

人生のうま味を求めて

 苦いものに対して最初に「おいしいかも?」と思ったのは、高校生くらいの頃だったと思います。食べ物ではなく、龍角散がおいしいと思った。ちょっと変ですね。その後、太田胃散に深い味わいを感じるようになりました。こういう飲み方をすべきではないのでしょうが、太田胃散を牛乳と一緒に飲むとうまい。そう感じて、大学時代は二日酔いの朝によく飲んでいました。
 苦い食べ物では、やはりふきのとうでしょうか。子供の頃は春になると採りに行った記憶があります。どこででも採れますが、なぜか筒井温泉のあたりだったような気がする。理由はわかりません。ふきのとうは天ぷらに。他の料理法は記憶にありません。今年はM氏がふき味噌を大量に作っていました。まだ冷凍した分が残っています。
 苦い食べ物の代表格として挙げられるのは、ゴーヤでしょうか。今は帯広でも売られていますが、子供の頃はまったく知らない食べ物でした。初めて食べたのは社会人になった頃。ゴーヤチャンプルがこれほどおいしいものだとは知りませんでした。西荻窪でも吉祥寺でもよく食べました。自宅でも作るようになった。まあ、簡単に作ることのできる料理ですから、今でもときどき作ります。
 あとはどのような苦い食べ物がありましたっけ? あ、サンマのはらわた。これも苦くておいしい。食べてよいのだろうかと一瞬迷うことがありますが、おいしいのだからよいのでしょう。はらわたに関しては、食べる派と食べない派、両方いますね。サンマのはらわたは体にはよいようです。

 さて、子供の頃、最初に関心を示すのはたぶん甘いものではないかと思います。僕も多分そうだったはず。僕の場合は、次に酸味の時代がやってきました。小学校2、3年の頃でしょうか。梅漬けや梅仁丹をおやつにしていた頃のこと。その後、激辛ブーム(?)がやってきます。これは中学生の頃で、たぶん日常の中に刺激が不足していたのでしょう。ラーメンにすごい量のコショウをかけて食べていました。
 この頃は酸味と辛味、両方の欲求がありましたね。その分、甘味に対してはまったくといってよいほど興味を失うこととなりました。どら焼きをもらっても、皮だけ食べるというもったいないことをしていたほど。今はもちろん、まるごとおいしくいただいています。鯛焼き、大判焼きも。
 苦みの時代がやってきたのは高校生以降のこと。僕の解釈では、苦い体験が増えたことと関係があると考えています。落ち込んでいるときに、明るい音楽を聴いても気持ちが浮上しないのと同じ。ちょっと苦い気持ちになっているときには、甘いものを食べるよりも苦いものを食べて、体と脳をなじませるほうがよいのではないかと僕は考えています。一般的には「甘いものを食べる」という人が多いですね。僕はちょっと逆なんです。
 苦い体験といっても「悪い体験」というわけではありません。ほろ苦いいい味、つまりふきのとうの天ぷらのような味わいがある。これを甘味で打ち消すのはどうなのだろう……というのが僕の考えです。
 何となく「苦い」という味覚をネガティブに捉えてしまうのは、「苦い=苦しい」と思い込むからではないかと僕は想像しています。同じ字が使われているのには相応の理由があるのでしょう。辛い(からい)と辛い(つらい)も一緒ですね。苦しさや辛さ(つらさ)の中に味わいがあるということなのでしょうか。わかるような気がします。
 人生には甘い体験も酸っぱい体験もあるわけですが、辛さや苦さも体験しなければバランスのとれた味覚が形成されていかないのかもしれません。逆も真なりかな? 辛いもの、苦いものを好んで食べることによって、辛いことや苦しいことを招き寄せているともいえるのだろうか? 考えてもよくわかりませんね。どちらにしても、すべてよい出来事と考えるのが正解でしょう。

 10年くらい前、いえもっと前のことだったでしょうか? 今は途切れてしまいましたが、我が社では毎年「自分史作成講座」(名称は違ったかもしれません)を開催していました。元常務のSさんが担当していたもので、毎年のように熱心に通われていた方もいたと記憶しています。
 年一回、参加者の方々のエッセイを一冊の小冊子にまとめていました。その本のタイトルは「たんぽぽの味」。
 そもそもたんぽぽは食べられるのだろうか? そう思って調べてみると、なんと食用植物なのだそうです。しかし、食べたことはないなぁ。間違って口に入れたこともない。たんぽぽコーヒーも飲んだことはありません。
 想像しただけでも苦そうな味。このようなタイトルがつけられたということは、実際に誰かが食べたということなのでしょうか。
 食べただけではなく、それを自分史作成講座のエッセイ集のタイトルとして使用した。やはり、僕と同じように苦みというものに対して特別な感情を抱いているということなのでしょう。エッセイ集にネガティブな言葉を使うことは考えられませんから、好ましく味わい深い苦みとしてタイトルをつけたと考えられます。
 味覚にはもうひとつ「うま味」があるわけですが、これは4つの基本味を知った上で感じ取ることのできるものではなかろうか? まったくの素人考えですが、僕にはそのように思えてしまいます。それにしても、人生のうま味とはどういうことなのでしょう?

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