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活動記録130 肉体労働の日

活動記録130 肉体労働の日

10月17日。休日とする。だが、仕事以上にハードな作業を行う日となった。11時から5時まで屋外で肉体労働。夕方近くになると蚊が出没。だが、その頃には極度の肉体疲労を感じていて、蚊の存在も気にならないほどになっていた。僕の記憶では1989年、西荻窪でN氏の引っ越しを手伝ったときに匹敵する肉体労働だった。両腕は今も力が入らない。18日は午前8時SLOW living。朝礼後ミーティング。11時、大正大学の学生さんが会社訪問。ここ数年、このようなケースが増えている。午後4時、同友会事務所でミーティング。5時半帰宅。この日の社内での活動はスキャニングした写真のトリミング他。ハンディスキャナーを使って取り込んだ写真はどうしても歪んでしまう。だが、フォトショップの遠近法の切り抜きツールを使うとほとんど目立たなくなる。作業効率も悪くない。

限界を超える

肉体労働のよいところは、じっくり物事を考えることができるという点にありそうです。単純労働であればあるほどよい。肉体労働とは言えませんが、僕はマフィンの袋詰めとか膨大な枚数のスキャニングといった作業が案外気に入っています。全身を使う肉体労働はともかく、指先を使っての作業はなかなか心地よいものです(しかし、飽きるのも早い)。
 日曜日の肉体労働はある時点から限界を超えてしまって、何も考えていない状態になっていました。この点では1989年の引っ越し作業以上かもしれません。33年前は「これは人類史上最も重いタンスではないのか」などと考えながら運んでいました。思考レベルは低いものの、何かを考えながら作業していた。階段を使ってタンスを運ぶには、上に立つのが楽か下が楽か、といったことも考えていました。つまり、わずかながら心に余裕があったわけです。
 今回は肉体労働をしながら、次第にふわっとした気持ちになっていきました。最初のうちは「月曜日、体が使い物にならなくなるかもしれない」などと考えていましたが、やがて思考力が低下し、どうでもよいという気持ちになった。睡眠直前に近い感覚。危険な感じもしますが、この感覚をうまく活用すれば、僕はもっと勤勉になれるのかもしれません。
 考えてみると、普段の仕事でもこれに近い感覚を体験することがあります。僕は年2回ほど長文の文章を書く機会があるのですが、このとき、うまい具合にツボにはまると延々パソコンに向かい続けることができる。原稿を書く際にはeインクディスプレイを使っていますから、眼精疲労はさほど気にする必要がない。頭は疲労するものの、ある時点から疲労を感じなくなり、むしろ冴えてくる。アイデアが浮かぶ。これを意図的に頻繁に起こすことができれば、僕はもっと有能な書き手になれるに違いありません。
 「自分の限界はこのあたり」とイメージしながら仕事をしているうちは、並レベルの仕事しかできない。超越するコツをつかんでいる人は強い。僕のまわりにはベンチマークすべき人が何人かいます。

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