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第17話 鮭と十勝鍋

第17話 鮭と十勝鍋

おはようございます。
 予定されていた取材は延期となり、午前中は会社、午後は自宅で仕事をしていました。ただ、仕事のスピードが上がらない。もしかしたら、気温が上がらないのと関係があるのかもしれません。
 こんな日は鍋料理でも作りたくなってきますね……。実際には作りませんでしたが。

その歴史的背景とは

鍋料理といえば、僕の場合、定番はキムチチゲなんですが、子供の頃は十勝鍋とほぼ決まっていました。実際にはさまざまな鍋料理を食べていたはず。けれども、記憶に残っているのは十勝鍋のみ。十勝人ですから、十勝鍋以外には考えられません。
 そんな重要な料理であるにも関わらず、最近、十勝鍋が話題に上ることは滅多にありません。不思議なほど、語られることの少ない郷土料理となってしまいました。回数でいうと石狩鍋のほうが耳にすることが多い。いったいどういうことなのでしょう?
 本当のところはわかりません。しかし、十勝人の間に「十勝鍋は石狩鍋と同じもの」という意識があるのではないかと僕は想像しています。さらにネガティブな連想を広げていくと、「十勝鍋は石狩鍋の模倣では?」といった誤った認識を持った人が増えているのではないか……。
 これはまったくの誤解であり、正しい十勝鍋とはどういうものか伝えていかねばならない。そんなふうに思うようになってきました。もっとも、僕は郷土料理に詳しいわけではないので、僕の口からはいい加減な話しか伝えられませんが……。
 十勝鍋と石狩鍋の違いはほんのわずかなものです。だが、その「わずか」が味に決定的違いをもたらしている。味だけではなく、歴史的背景の違いも表現されています。両者とも鍋の主役は、当然ながら鮭。ところが、十勝鍋には準主役がいるのです。ほとんど主役と同格の扱いといってよいでしょう。
 それは豚肉なんですね。みなさんのご家庭で作る十勝鍋に豚肉は入っているでしょうか? 入っていなければ、十勝鍋ではなく石狩鍋になってしまいます。十勝で作っているから十勝鍋なのではなく、鮭と豚肉が共演しているから十勝鍋なのです。

十勝鍋に入れる鮭はどんなものだったのだろう? 古い記憶をたどってみても、明確に思い出せません。ただ、鮭の頭の部分が入っていて、僕はその部位がお気に入りでした。鍋に入っていてもよいし、焼いて食べるのも好きですね。筋肉質っぽい食感が気に入ったのだと思います。目玉も食べていました。
 普通の切り身よりも、僕はアラを好んで食べていたのです。今は単純に食べにくいという理由から敬遠することが多いのですが、子供の頃は骨の裏に隠れている身を掘り出すのが好きでした。特に頭の部位には、隠し部屋みたいなところに身があって楽しい。子供は変なところに楽しみを見いだすものです。
 それはともかく、十勝鍋というものは、十勝の開拓時代の記憶を次世代に伝えるための料理といっても過言ではありません。家庭で作られることは確かに少なくなったのかもしれません。けれども、次世代の人には十勝鍋の歴史的意義について確実に伝える必要がある。やはり、十勝は鮭と豚だと思うのです。
 鍋料理というと、土鍋を思い浮かべる人が多いと思います。僕が土鍋を知ったのは、たぶん1980年代以降。子供の頃はアルマイト鍋だったような気がします(記憶は曖昧ですが)。土鍋を囲んで夕食を食べた……という記憶はなく、鍋は金色に光ったアルマイトの映像が頭に浮かぶ。「アルマイトを使い続けてアルツハイマーにならないだろうか?」と心配するようになったのは社会人になった1985年以降のこと。

さて、鮭に話を戻すと、塩引きの鮭を見かけることがなくなりましたね。子供の頃は小さな鮭ひと切れでご飯をお代わりすることができた。これは経済的理由からなのか、保存上の問題なのか。
 ご飯が主役の時代。おかずはご飯を食べるための脇役でしたから、塩辛い鮭のほうが好都合だったのでしょう。日本がどんどん経済的に豊かになっていき、塩引きではなく甘塩がメインとなりました。今では焼いた鮭に醤油をかける人がいるほど。変わるものです。
 塩引きから甘塩への変化とは直接関係ありませんが、僕の味覚も急速に薄味を好むように変わっていきました。
 一番変化が激しかったのは、大学2年生の頃でしょうか。大阪暮らしの1年目は「大阪の味に感化されるまい」と思って、あえて濃い味を心がけていました。しかし、薄味の中に奥行きがあるということが少しずつわかってきた。このあたりから、どんどん薄味に変わっていき、関西の味にも慣れることができた。
 東京へ引っ越すと、一時的に濃くなったのですが、薄いほうがおいしいと思える時期がやってきました。料理撮影をするようになったことと、エアコンのきいた部屋で仕事をすることが多くなったためでしょう。味覚体験の積み重ねに加え、多くの塩分を必要としなくなったこと。僕の場合、味覚というより、体のニーズの問題かもしれません。
 スロウの取材で2、3度、鮭のちゃんちゃん焼きを食べる機会がありました。これも北海道らしい食べ物。ですが、やはり漁師さんの食べ物という感じがしました。鮭の上に乗っている味噌がしょっぱく感じられる。味噌は間接的に味わいたいというのが僕の個人的な好み(もろきゅうは別)。
 十勝には畑も海もあって、米以外はほぼ何でもできる(粗雑な感覚ですが)。近年では稲作も復活しました。そんなことから、あらゆる素材がひとつの鍋の中で対等に煮込まれているという十勝鍋は、もっとも十勝らしい料理といえるのではなかろうか? 先ほど、鮭と豚肉が主役と書きましたが、十勝鍋の中で上下関係はほぼありません。自分が主役と思ったものが主役。会社も十勝鍋的な組織が理想形のひとつといえそうです。

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