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第19話 電熱器と「アレ」

第19話 電熱器と「アレ」

おはようございます。
 昨日はスピードに乗って10ページ分入稿しました。画質調整作業では目を酷使しましたが、原稿執筆で眼精疲労を招く恐れは軽減されました。eインクディスプレイのワープロ「ポメラ」を使うようになったのです。画面は小さいが使い勝手はよい。これでディスプレイが13インチくらいあったら文句なしですね。
 その昔、初めて買ったワープロは16文字×1行という液晶ディスプレイ(バックライトなし)でした。32年前のこと。CRTやバックライト付き液晶になってから、僕の肩凝り&眼精疲労人生が始まりました。今、再び快適なワープロの時代を迎えようとしています。もしかしたら、僕だけかもしれませんが……。

「これしかできない」という強み

34年前までは学生でした。そのころの調理器具といえば、主役は電熱器。電気を使うという点ではIHと同じ。ですが、いかんせんパワー不足。強火はおろか、中火とも言い難い熱量。僕が入居していた下宿ではガス器具はありませんでしたから、みんな仕方なく電熱器を使っていました。一部、カセットコンロを持ち込む学生もいたと記憶しています。禁止されていたはずですが。
 電熱器を暖房器具として使っていた学生もいましたね。けっこう電気代がかかったはずですが、電気代は下宿代に含まれていた。だから、ストーブ代わりに使っていたのでしょう。
 それはともかく、僕は定められたルールの範囲内で自炊を行っていました。問題は電熱器ひとつでどんな料理ができるのかということ。複数の料理を作るのは無理な話。フライパン一枚で完結する料理と決めました。
 実はひとり暮らしを始める際、母親からひとつの料理を教わってきました。それはきわめて単純。肉、野菜を炒めて酢醤油+おろし生姜で食べるというもの。ポイントは肉、野菜を炒める際にある程度塩味をつけること。こうすると最後までタレが薄まらない。実に簡単です。
 とはいえ、実際に作ってみると、忍耐力が試されることになりました。火力があまりに弱すぎる。キャベツがずっと生のまま。時間がたっぷりあった学生時代だからできたのでしょう。この料理はどんな作り方をしてもすばらしくおいしい。
 形状からすると肉野菜炒めではあるのですが、食堂で食べる肉野菜とは味が根本的に異なる。何かいいネーミングはないか? 新潟出身のK君と食べるときには、決まって「アレにしようぜ」と言っていました。というわけで、料理名は「アレ」に決定。

社会人になってからも「アレ」を作り続け、今に至っています。もう38年くらい作ってきました。人生の中で一番数多く作ってきた料理。二番目は麻婆豆腐でしょう。飽きない味です。K君の発案により、ニンニクや七味唐辛子を加え、さらにおいしくなった。
 実は昨夜も「アレ」にしようと思っていたのですが、酢がないことに気づき、変更を余儀なくされました。
 元はただの肉野菜炒めですから、味付けはどうにでもなります。じゃあ、豆板醤炒めにしよう……。そう思ったら、なんと豆板醤もない。最初に輪切り唐辛子を炒めるとよい、というM氏のアドバイスにより、無事完成。近年は「アレ」よりも豆板醤を使って仕上げることが多くなりました。使用するのは、酒、豆板醤、味噌、だし。ただ、僕としては「アレ」のほうが食欲が増すなぁ。
 「アレ」のいいところは、誰がどんなにいい加減に作ってもおいしくなるという点にあります。後付けなので、塩加減を間違えるという心配もない。つまり、作っている間、頭の中をフリーな状態にしておくことができる。僕にとって「アレ」を作っている時間は、実はシンキングタイムなのです。原稿に追われている日にもおすすめですね。

謎として残っているのは、高校時代に「アレ」を食べたことがないということ。母から教わったにもかかわらず、実家ではたぶん一度も食べていない。単に、作り方を聞いただけ。料理名も聞いてない。
 どういう意図で伝えられたのか、今となっては確かめる術はありません。僕は当時、かなりの肉食(つまり野菜嫌い)でしたから、野菜不足にならないよう教えてくれたのだと解釈しています。たぶん、その場の思いつきだったのでしょう。
 電熱器ひとつでできる料理は限られていました。チャーハンやドライカレーを作ると、火力問題によって、まったく別な料理になってしまいました。ちゃんとした料理になったのは「アレ」くらいでしょうか。
 そう考えると、電熱器という調理器具は何のために存在していたのだろう? 「アレ」を作るか、暖房器具か。お湯を沸かすのに使っていた人もいましたが、これも忍耐力を要したはずです。
 僕にとっては謎の調理器具。パワー不足だったがゆえに、さまざまな料理をマスターすることなく「アレ」を作り続けることになったのです。
 不自由であるがゆえに、自分の進む道を一本に絞ることができる。ちょっと後付け理論っぽい感じもしますが、不自由な環境に置かれ、不自由な能力を持っている人は、道を一本に絞りやすいものです。「自分にはこの道しかない」。そう自然に思えるようになる。
 それは自分としては認めたくない道なのかもしれません。しかし、選択肢が他にないというのは、もしかしたら幸せなことなのではないか? そんなふうに思うこともあります。たくさんありすぎて、決められない人が世の中には多い。電熱器ひとつで自分には何ができるのか、考えてみるのも一案ではないかと思います。

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