ついにと言うべきか、ようやくと言うべきか、5月31日「十勝・帯広 昭和の記憶」が発売された。各方面の方々に相当無理なお願いをして、何とか「5月発売」に間に合わせることができた。関係者には感謝の言葉しかない。
人それぞれとは思うが、紙の本を手にしたとき、僕はまず手触りを確認する。表紙と本文用紙の質感。指を滑らせて、心地よいかどうか。次に角をツンツンしてみる。その後、インキの匂いを嗅いでみる。今の時代は植物由来のインキであるため、刺激的な匂いはしない。
一通りの儀式が済んでから本を読むのだが、雑誌や写真集の場合は読む前にパラパラとページをめくってみる。デザインと写真の再現性が気になるためだ。今回のようにモノクロ写真の多い写真集では各写真の「黒のしまり」が重要だ。シャドウ部がしまっていないと、全体に眠いトーンとなる。これは写真の引き伸ばし(プリント)と同じ。しまりの確認と同時にハイライトが不用意に飛んでいないかもチェックする。ただし、元写真に難があって飛んでいても仕方のない写真もある。すべて完全とはいかないが、できる限り原版の情報量を落とさずに印刷することが望ましい。今回は上製本ということもあり、札幌の同業者に依頼した。素晴らしい出来映えである。
紙の質感→インキの匂い→デザイン→写真の再現性。これらを確認し、ようやく先頭からページを開いて読み始めることとなる。写真集としては文字が多い。やけに長いキャプションもある。これは最初から意図していたこと。さらりとした情報量の少ないキャプションではなく、できる限り意味のある情報を盛り込むことに努めた。
執筆には想像を超える時間を要した。通常であれば、写真のキャプションは数分で書くことができるもの。しかし、「昭和の記憶」では事実関係を調べることに膨大な時間を費やした。「いつ」「どこで」「誰が」「何を」「なぜ」「どのように」の5W1H。このうち3つ以上の情報がキャプション内に記述されるよう、調べまくった。古い文献の中には意味をつかみにくいものが多数あった。難解さゆえか、調べているうちに「自分が何を調べていたのか」すらわからなくなることもあった。学芸員とか郷土史研究家といった人たちは、こうした調査活動を苦もなくできる体質なのか、それとも卓越した能力を持っているのか……。このあたり、次のスロウの取材で解明してみたいと思っている。
会社では書店への配本、予約者へ対応等、昨日は慌ただしい動きがあった。手伝おうかとも思ったが、足手まといになることが目に見えていたため、「十勝・帯広 昭和の記憶」に関する別な活動を行った。夕方、社内で「しゅんラジ」の収録が行われ、ゲストとして「昭和の記憶」について語った。30分くらい語りたいところだが、僕の出番は6分くらいだった。6月11日、ザ・本屋さんコロニーダイイチ店で開催されるトークイベントでは、たっぷり「昭和の記憶」について語ることができるだろう。
「もっとこんな写真を入れるべきだった」という反省もあるが、限られた時間の中で僕としては全力を出し切った写真集である。自分の作品を収めた写真集以上に感慨深い。と同時に、この種の活動には大きな社会的意義があると考えるようになった。形を変えながら、今後も活動を継続することになるだろう。
※「昭和の記憶」の本文用紙は素晴らしい。かさ高でありながら、コシが柔らかい。指で押さえなくても、ページを開いたままにできる。
昭和の記憶09 「十勝・帯広 昭和の記憶」発売!
2023年6月1日 (Thu.)