第8講 文章力(前半)

第8講 文章力(前半)

おはようございます。
 次世代幹部養成塾、ミーティング、役員会、幹部会議、そして同友会事務所での「とかち道研」実行委員会。昼はK氏を囲んでの昼食会。とにかく、集まることの多い一日でした。
 次世代幹部養成塾のテーマは「激訳・自分史作成講座」の読書会。僕の本は真剣に読めば1時間半で読み終えるくらいのボリューム。平易な文章だし、楽しめるポイントも埋め込んである。たぶん、全員読み込んでくれたことでしょう。グループ発表からは具体的な意見、アイデアが出てきました。
 僕の前作「写真家的文章作成技法」も次世代幹部養成塾で取り上げるべきかもしれない。社内にはそんなニーズがあるようです。一部のニーズかもしれませんが、次回のテーマにしようと思います。読書会ではなく、超簡単な文章作成術の講義となる予定です。
 ただ、今月第4週の月曜は出張が入る可能性大。日程が決まるのは今週末か来週初めになるでしょう。

日本語で話せる人ならきっと書ける

異論もあるとは思いますが、僕は幹部の準必須技能として「文章力」を挙げています。我が社は印刷媒体を中心に文章を扱っている会社。ですから、文章を書くことは必ず身につけるべき能力のひとつと考えてください。
 ここ数年、僕が感じているのは、どの業種、どの職種であっても文章力が重要度を増しているということです。「活字離れが進んでいる」と思っている人が多いかもしれせんが、そんなことはありません。読書離れは進んでいるものの、文章を読む機会はむしろ増えている。インターネットで文章を読む。そして、自らブログやSNSを使って情報発信している。仕事でもメールやライン等を使っている。短い文章であれば、いつでも読んだり書いたりしているのです。
 年輩の人の中には、「文章の書けない若者が増えた」と嘆く人もいますが、僕の印象は逆ですね。書ける人が多い。しかもうまい。ただ、残念なのは書ける人と書けない人との落差が激しい。二極化しているのでしょう。
 基本的な日本語能力が欠如している人に、文章力を伝えることは、僕には困難です。ただ、普通に日本語で会話をし、意志疎通ができているのであれば、文章力を身につけることは可能だと思っています。
 そんな超肯定的な考え方に基づいて著したのが「写真家的文章作成技法」。すでに読んだという方の中には、「自分も同じように書いている」という人もいました。心強いですね。この書き方を普及させていけば、「話せるのに書けない」という人が激減することになるでしょう。
 僕は鋭い忘却力を持つ人間(つまりものすごく忘れっぽい)なので、社内では口頭による報告、依頼ではなく、できるだけメールかメッセンジャーを使って伝えてもらうようにしています。一度話したことでも、メールしてもらう。
 これは僕の忘却力の他に、もうひとつ理由があります。記録に残す。ここがポイント。メールというコミュニケーションツールが誕生したことにより、ちょっとした記録が実に簡単にできるようになりました。メール、メッセンジャー、ライン。どれでもよいのですが、文書として記録に残っていれば、「言った、言わない」という問題が起こることがない。これは「契約書を交わすほどではないが重要なこと」を記録するのにピッタリですね。ぜひ、営業、編集職の人は積極的に活用するようにしていただきたいと思います。
 そのためにも、簡潔に正確にメッセージを伝える能力が欠かせないわけです。

最小限の文章力

我が社の社員の場合、本来は文章のプロであらねばなりません。したがって、最小限の文章力ではまったく不足なのですが、もしかしたらこのレベルから伝えたほうがよい人もいるかもしれません。
 文章力が限りなくゼロに近い人はどうすればよいか? 最初に目指すべき目標は「小学生でも意味がわかる文章を書く」というところ。理解してもらえるでしょうか? まったく書けないのにうまく書こう、かっこよく書こうとするから、意味不明になるのです。
 海外旅行をイメージしてみてください。外国語はほとんど話せない。だが、何かを言葉で伝えなければならない。どうしますか? とりあえず、単語を並べる。次に、もっとも単純な文法を使って相手に伝えようとするでしょう。
 文章を書き慣れていない人は、同じやり方をすべきなのです。主語+述語。これだけなら、文章のうまい、下手はありません。
 「私は生牡蠣を食べた」
 文豪が書いても小学生が書いても同じ文になるはず。もう少し複雑にしても構いません。
 「私は昨夜、オイスターバーで生牡蠣を食べた」
 この程度であれば、誰でも書けるはずです。問題は「私」「生牡蠣」「食べた」とは関連性の薄い情報をどのように扱うのかということ。
 「私は厚岸にあるオイスターバーで日が沈むのをぼんやりと見つめながら、ウイスキーのスモーキーな香りとともにブランド牡蠣である『かきえもん』を堪能していた」
 このくらいの長さになると、たぶん意味不明な文を書く人が続出することになるでしょう。無理に一文を長くする必要はない。ひとつの文が20~30文字くらいになるよう、分割すればよいのです。
 「私は厚岸のオイスターバーで日が沈むのをぼんやり眺めていた。手元には厚岸産のウイスキー。そして、ブランド牡蠣『かきえもん』。ウイスキーのスモーキーな香りとともにプルンとした牡蠣の食感を堪能していた」
 その気になれば、もっと短く分割できるでしょう。一文が短くなればなるほど、意味の通じる文章となる。この大原則から外れたとき、わけのわからない文章が誕生します。そして、読み手だけではなく、書いている本人も「なにを言いたかったのかわからない」という状況に陥る。こうした経験を何度か重ねると、「自分は書けない人間」と思いこんでしまうようになるのです。
 「写真家的文章作成技法」では、簡単に書けるようになる技法がいくつか紹介されています。そのうち、2つか3つ、自分の文章作成術に取り入れれば、たぶんそこそこの書き手になれるのではないかと思います。
 ただ、ひとつ問題があります。これこそ根深く、重要で、しかも幹部が持っていなければならないものといえるでしょう。それは「書くべき中身」。明日はこの点について述べていきたいと思います。

※「新版・次世代幹部養成塾」はソーゴー印刷若手社員向けに作成しているものです。異業種、他社の方には当てはまらない考え方も含まれていることを、あらかじめご承知おきください。

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高原淳写真的業務日誌