高原淳写真的業務日誌 > 全体 > 39度の吉祥寺で考えたこと

39度の吉祥寺で考えたこと

39度の吉祥寺で考えたこと

十勝上空/2018.7.23

おはようございます。
 今、東京にいます。昨日は39度まで上がったようです(青梅では40度)。未経験の暑さ……といっても、大部分の時間は冷房の効いた場所にいました。羽田からはバスで吉祥へ直行。快適だし、1時間ちょっとで吉祥寺に到着。帰りもバスにしようと思います。書店で2時間近く本選びをしていたら、求めていた本がいくつも見つかりました。夕方にはS出版のS社長らと食事。東京を離れて18年たちますが、吉祥寺の雰囲気はさほど変わっていない。もしかしたら、地方都市のほうが大きく変わっているのかもしれません。

街から受ける印象

「第14講 TA」はあと1回で終わります。一気に書いてもよいのですが、今日はお休みにしましょう。
 昨日僕が感じたことをまとめてみたいと思います。
 東京にはときどき来ているので、昨日初めてわかったというわけではありません。何度か来ているうちに、少しずつわかってきたこと。それは「東京は大きく変わっているが、僕の受ける印象はほとんど変わらない」ということ。「それがどうした」と言われそうですね。
 まず先に、東京ではなく、帯広について考えようと思います。
 僕は2000年、帯広にUターンしました。年1度、または2年に1度くらい帰省していましたから、うすうすは感じ取っていました。しかし、Uターン後、街中をゆっくり歩いたり、目的もなく郊外を車で走ったとき、僕は感じたのです。ずいぶん印象が変わってしまった……。最初はノスタルジックな感情に影響されて、そのように感じたのではないかと思っていました。
 ただ、僕の知っていた1980年当時の帯広と2000年の頃の帯広とでは、明らかに何かが違っていた。今でもそう考えています。
 その後、帯広、というよりも十勝全体が大きな変革期を迎えることとなりました。僕の勝手な印象としては2005年くらいからでしょうか。何かが大きく変わっていって、1980年代とは異なる十勝の新しい魅力が形づくられていった。そんな印象を持っています。2000年頃、僕が感じたのは少し淀んだ雰囲気でした。その後、急速に活気を取り戻し、ここ数年の十勝は力強く、若々しい感じがします。我が社からも、そうした若い芽が伸びつつある。
 こうした僕の印象というものは、僕が十勝に生まれ育ったから感じるのだろうか? このあたりがよくわからないところなのです。東京に生まれ育った人なら、東京の盛衰のようなものを肌で感じ取っているのだろうか?
 僕の仮説では「地方のほうが変化が激しい」ということになります。そはれはどういうことなのか? 書き進めながら考えてみます(書き進めないと自分でも考えがまとまらない)。

帯広、十勝の規模感

帯広の10倍が札幌で、札幌の10倍が東京(首都圏)。つまり、帯広の100倍が東京。大雑把に人口規模でいうと、そんな感じでしょうか。人口規模ではそのくらいでも、経済規模となると100倍では済みません。容易に想像できると思います。
 帯広にある会社はほぼすべて中小企業といってよいでしょう。一方、東京には大企業がひしめいている。もちろん、東京にも中小企業が多数ありますが、中小企業だけ地域経済がまわっているという場所は地方都市、それも一部の地方に限られるに違いありません。十勝は例外的な場所なのかもしれません。地域内で経済圏がつくられている。大都市や他地域から影響を受けにくい土地柄。
 したがって、地域企業が元気なときは活気があり、元気がないときとのギャップが激しい。地域企業はほぼ中小企業ということになります。社員数の少ない会社。つまり、社員や社長が活発に活動しているかどうかが、地域全体に少なからぬ影響を及ぼしています。
 もっと極端に言うと、誰か突出した人が地域の中に現れると、町全体、地域全体が変わっていくことがある。ここに僕は地方都市のおもしろさがあるのではないかと思っています。
 人口3000人規模の町(北海道には人口3000人という町村がやけに多い気がします)であれば、ひとりのリーダーの存在が非常に大きい。帯広くらいの地方都市(人口17万人弱)であっても、地域企業が集まることで大きなムーブメントを起こすことができる。その成果が今の十勝の活気となって現れていると僕は捉えています。
 今回の出張で吉祥寺に一泊し、改めて吉祥寺の街を歩きながら感じたのは、「人や企業の活動を飲み込んでしまいような巨大さ」。これがよくも悪くも東京なのでしょう。そこに心地よさを感じて住み着く人も多いわけですし、逆に十勝に移住してくる人もいます。それぞれに仕事のやり甲斐、人生の楽しみがあると思います。
 言うまでもないことですが、経済活動という点では東京のほうが動きが激しい。23区の外にある吉祥寺でも、新しい建物が出現していたり、おなじみの店が消え、別な店になっている。外見上の変化は帯広以上に大きい。それでも印象がほとんど変わらないのは、東京という巨大都市がひとつの生命体のようになっていて、個人や個々の企業の印象が全面に現れてこないからではないか? うまく表現できませんが、そんなふうに感じています。
 20年前にはまったく考えもしなかったテーマです。
 十勝で企業を経営する、十勝で経済活動を行う、十勝で暮らしを営む。そこには何か自分にとって特別な意味があるような気がします。これは十勝で生まれ育ったから、という意味ではありません。たまたま帯広に住むことになったという人であっても、特別な意味を見つけることは可能だと思うんですね。
 帯広にしろ、十勝にしろ、「人の活動」によって変えていくとのできる規模感ではないかと思うのです。また、「地域のために」と人々がまとまりやすい規模でもあるような気がします。

ソーゴー印刷株式会社

〒080-0046 北海道帯広市西16条北1丁目25
TEL.0155-34-1281 FAX.0155-34-1287

高原淳写真的業務日誌