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史実、事実、真実

史実、事実、真実

おはようございます。
 昨日は一日の半分を調べ物に費やしました。資料として購入した本を読み、ネット検索し、さまざまな情報を比較検討。しかし、どうもわからないことが多い。
 これから書こうとする原稿は、とある嗜好品についてなのですが、どうしてこんなに書かれている内容がバラバラなのだろう? 僕の読解力が不足しているのか、情報に矛盾が多いのか? はたまた、謎が多いため、文献を執筆した人があえてハッキリと書こうとしないのか? 中には意図的にわかりにくくしているのではないかと思われる文献もありました。
 謎は謎として残しておく。それもよいとは思いますが、現時点で判明していることはわかりやすい状態になっていることが望ましい。集めた情報の検討作業は今も続いています。午後には書き始めたいと思っています。

千年単位の歴史について調べる場合、なかなかスッキリとしたストーリーにはならないものです。起源を特定するだけでも大変。断定的に書くことはできず、「……らしい」「……が有力」「……かもしれない」といった書き方が増えることになります。どこまでが事実で、どこまでを仮説とするのか? そこに書き手の主観が現れるといってもよいでしょう。
 「これが絶対間違いのない事実」というものはありません。歴史上の事実とされる「史実」と実際の事実との間には、ずいぶん違いがあると考えるべきですね。
 絶対に間違いのない事実だけで歴史をまとめようと思ったら、歴史の教科書はものすごく薄い情報になるのではないでしょうか?
 社史や自分史にしても、「間違いのない事実」だけでまとめ上げるのはほぼ不可能。ですが、間違いのない事実以外のものが「嘘の事実」というわけではありません。事実らしいが証明することのできないものもありますし、当事者にとっての事実というものもある。史実、事実、真実。この境目を明確にするのはなかなか難しい。
 社史や自分史には限りませんね。我が社が発行するさまざまな出版物、そして制作のお手伝いをしているさまざまな企業や団体の販促物や冊子類にも同じことが当てはまるでしょう。嘘をつくことはありませんが、100%事実かどうか確信が持てぬまま書くこともある。その場合には、語尾を弱めたり、事実ではない可能性もあることを補足することになります。執筆前に、できるだけ事実の裏付けを見つけようとするのですが、そう簡単にはいきません。
 日本史、世界史を読んでもハッキリしないのですから、企業の周年記念誌の場合は「謎だらけになる」と思ったほうがよいのではなかろうか?
 10年ごとに記念誌を制作していれば相当正確な社史が明らかになっているに違いありません。けれども、30周年、50周年でいきなり周年記念誌をつくろうとすると、どこから手をつけたらよいのかわからなくなるかもしれません。その調べ方、作り方、まとめ方をアドバイスするのが我が社の仕事。ですが、すべてを調べるのは不可能であり、不明瞭な部分は「想像によるストーリー」が書き加えられることもあるでしょう(明確な事実とは区別する必要があります)。
 周年記念誌というものは、できれば創業10年目あたりにまとめておくべきではないかと思います。創業から10年たつと、ひと通り創業期のような混乱からは脱していることでしょう。そして、創業メンバーの多くも現役であるはず。10年前の記憶であれば、まだ鮮明に残っている。創業期の史実を記録しておくには、ちょうどよいタイミングではないでしょうか。
 10年目であれば、必ずしも冊子として出版する必要はないかもしれません。プリントアウトする程度でも構いませんし、ある程度知識のある人なら電子書籍として関係者に配布するのもよいでしょう。
 創業10年という時点では、あくまでも「記録を残すこと」が重要なのです。

次に重要な周年記念誌制作のタイミングは、25周年、または30周年ではないかと思っています。
 この時期において一番の経営課題は「事業承継」に違いありません。いずれは必ず訪れる経営課題。多くの企業では25~30年目に節目がやってきます。もっとも、これは創業者が事業を興したときの年齢にもよりますね。我が社の場合は、第40期の年が事業承継のタイミングでした(創業からは46年目)。
 創業から30年以上たつと、創業期の出来事をちゃんと覚えている人は激減していることでしょう。当事者は健在であっても、記憶のほうが健在とは限りません。断片的な事実は覚えていても、正確なストーリーにはなっていない可能性があります。長い年月の中で美化してしまったり、都合の悪い事実を忘れてしまう可能性があるのです。
 救いなのは、企業の社史は歴史の教科書とは違うという点です。教科書なら正確な事実が最優先となるでしょうが、社史の場合は事実そのものよりも、当事者にとっての事実(真実)のほうが重要であることが少なくない。創業者、創業メンバーの情熱や思いを描写することのほうが「事実」よりも大切なのです。
 どのような出版物にも社史にも自分史にも、「嘘」を書くことは許されません。しかし、その人にとっての事実(真実)であるならば、文章として残す価値があると僕は考えています。むしろ、客観的事実だけにとらわれ、真実に触れないことのほうが不自然。
 制作方法としては、伝記、ノンフィクション、一部の歴史小説に近いところがあります。客観的事実100%では伝記が書けないように、自分史であってもイメージや想像に頼る部分が出てくるものです。それを許容し、人生全体、企業全体として真実の姿を描き出していかねばなりません。
 今書こうとしている歴史についても、判明している事実が非常に少ない。したがって、僕のエッセイのようになってしまうかもしれません。これほど原稿の仕上がりをイメージせぬまま書く文章もめずらしい。ブログと似たような文体になりそうな気がします。

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