
おはようございます。
昨日は羽幌で2件の取材を行いました。どちらも訪れるのは2回目。最初の取材先は1ヵ月ぶり。後半の取材はたぶん10年ぶり。ずいぶん違いがあります。どちらも自分の仕事でありながら、地域貢献活動としての意味合いが強い。これからのビジネスの方向性を示すものだと感じました。取材が終わったのは午後10時頃。羽幌では宿が予約できず、増毛に移動。11時頃チェックイン。今朝はいつもより2時間遅れての活動開始です。
スロウ編集部の謎
僕は門外漢のライターである以前にフォトグラファーでもあります。したがって、「取材者」としてではなく、「撮影者」として取材に行くことが圧倒的に多い。今回の取材もそうですが、編集者と僕の2人で取材へ行くというパターン。たまに、編集者がもうひとり加わることもあります。同じ方面で複数の取材が入ったときはそうなることもある。そんな編集者との取材旅行にはさまざまな発見と驚きがある。
東京時代はM氏(現スロウ編集長)と一緒に行く取材が圧倒的多数を占めていました。このため、M氏の取材スタイルが僕の中ではひとつの基準になっています。ごく稀に他社の編集者やフリーライターと取材へ行くこともありました。僕の印象としては、「だいたいプロとしての常識の枠内に収まっている」というものでした。M氏は卓越した取材能力を保有していますが、他の編集者、ライターもおおむねプロレベルでした。東京で活動していた頃は、能力の違いはあってもだいたいみんな安心できる技術を持つ人たちと組んでいました。
帯広にUターンし、ソーゴー印刷で取材活動をするようになると、そんなわけにはいきません。僕が門外漢のライターであるという以前に、編集のプロがM氏以外にはひとりもいませんでした。もう18年も前のこと。当然、教えるというところから始めなければなりません。どのように編集者、ライターとしての指導が行われたのか? 僕は正確なところはわかりません。気づくと、何人かの編集者見習が急成長を遂げていた。そうして、「月刊しゅん」に続く媒体として「northern style スロウ」を創刊することになりました。
2004年、スロウが創刊されてからは、編集者と取材旅行へ行くという仕事が劇的に増えていきました。月の半分くらい出張(取材旅行)ということもある。これは楽しいと感じるのが約2/3、残り1/3は体力的なきつさですね。14年前も今も、この感覚は変わりません。
創刊から14年間、僕は歴代編集者すべての人と一緒に取材へ行っています。たぶん、僕以外のフォトグラファーも同じような経験をしていることでしょう。それは、一人ひとり見事なほど個性的な取材の仕方をしているということ。
プロの編集者、ライターがひしめく東京とは違って、ソーゴー印刷内の編集者はガラパゴスのような独特の進化(?)を遂げていたのです。
「プロっぽく」より「自分らしく」
最初のうちは「慣れていないからだ」と僕は考えていました。取材に慣れてくると、僕の知っているプロっぽい取材の仕方になっていくだろう……。勝手にそうイメージしていたのです。
ところが、何ヶ月たっても取材の仕方は変わらない。みんな独自のスタイルのようなものを持っていて、そのスタイルを大きく変える人は少ない。
おもしろいのは、取材の仕方は変わっていないのに、文章の中身や文章力のほうは大きく進歩する人がいること。内面的には大きく変化している。ここが僕にとっては発見のひとつ。
僕の想像ですが、たぶん「取材の仕方というものは人から教わるものではない」ということをみんな教わったのではないでしょうか? 僕も人から教わったことはなく、自分独自の不自由な取材スタイルに落ち着いて今に至っています。みんな自分の取材スタイルを持っている。これは「プロっぽく取材できること」よりも、強みといえるのではなかろうか?
あるときから、そう肯定的に解釈できるようになりました。「プロっぽく」よりも「自分らしく」。このほうが取材相手も心を開きやすいに違いありません。
歴代編集者の中には、今から考えると不思議な取材スタイルを身につけた人が何人もいました。
変わり種としては「沈黙の取材」というスタイル。なかなか質問を発しない。ひたすら静かな時間が流れていく。編集者も取材相手もそれが苦痛ではないようで、せっかちな僕だけが何となく居心地悪くなり、せかせかと撮影することになる。そうしてできた記事は、丸一日かけて抽出した水出しコーヒーのような味わいがありました。
名刺交換して10秒で友達感覚……。といった取材スタイルの人もいました。なれなれしい友達というよりは、10年ぶりに旧友と再会したような会話の仕方。すごい技術。いや、技術ではなく、そういう人間性を備えているのでしょう。これは常人には真似できない。
名乗らずに、近所のお兄さんふうに会話を開始し、ずいぶん話が進んでから、「あ、そうでした。取材でした」と妙なタイミングで名刺を差し出す編集者もいました。これも個性。そう自分を納得させるのに、僕はずいぶん時間がかかりました。
我が社には変わった編集者は大勢います。みんな違った個性を持っているのですから、変わっていることが本来の姿と考えるべきでしょう。各人の「自分らしさ」が許容されている。それが我が社の各媒体編集部に共通する価値観となっている。こうした独特の取材の仕方が文章に少なからぬ影響を及ぼしている。過度にプロっぽくならない。文章の魅力度を高める上では、案外必要なことかもしれません。
