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第14回 あらゆる仕事は取材に通じている

第14回 あらゆる仕事は取材に通じている

おはようございます。
 地震警報で目が覚めたという人が多かったのではないでしょうか? 僕もふだんの起床時刻より少し早い時間だったため、警報で目が覚めてしまいました。こんなときは何となくスッキリしない。結局、二度寝して起きたのは6時近くとなりました。
 それはともかく、我が家は今、停電しています。今、会社へ行ってきました。どうやら広く停電しているようです。すでに取締役はじめ数名出社していましたが、自宅待機ということで全社員に連絡が伝わっているようです。
 昨日は朝7時、次世代幹部養成塾。読書会の11回目。課題図書は僕の「写真家的文章作成技法」。僕の技法というより、参加者各人の文章に対する考え方を発表してもらいました。午前中は校正作業。午後は自宅で商品撮影。3時半から役員会、幹部会議。夕方、食事会のための食材購入。冷凍庫は満杯状態。

取材と営業

 次世代幹部養成塾には重要な報告がいくつもあったような気がするのですが、どういうわけか記憶に残っていない。数日たって、僕の頭の中で熟成が進んでから言葉となって現れるのでしょうか? ひとつだけ覚えているのは「取材と営業は同じものだった」という気づきの報告。
 こうした感覚って大切ですね。営業職を数年経験した後、取材・執筆するようになる……。我が社ではめずらしいパターンかもしれませんが、僕は比較的すんなりできるのではないかと考えています。営業職におけるヒアリングと取材の際のインタビューとはほぼ同じものと考えてよさそう。もうひとつ、そっくりなものとして、コーチングも挙げられます。
 コミュニケーション力を要する仕事はどこかしら取材活動と似ているものです。相手から必要な情報を引き出す。それも気持ちよく言葉にしてもらうことが重要となるでしょう。
 このあたり、僕はちょっと……というより、相当苦手としています。一方、我が社の営業や編集者は実にうまい。技術的にうまいというわけではありません。気持ちの持ち方が素晴らしい。そう思うことが度々あります。相手の身になって考えることができる。そうした資質を持った人が営業にも編集にも必要です。
 取材と営業はほぼ同じもの。これは容易に理解できることですが、取材と撮影はどうなのか? ここは僕にとって考えるべきテーマのひとつ。撮影の場合は、ペンではなくカメラを使います。口(言葉)を使うことも少なく、目と頭と心を使います。
 こうした違いはあっても、僕は「同じ」だと考えることによって、自分の職域を広げることができるのではないかと思っています。半ば強引に「同じだ」と思うことですね。

取材と撮影

 フォトグラファーは見ることに集中します。この「見る」には、「観る」「視る」「覧る」などいくつかのバリエーションがあります。通常「見る」でひとくくりにしても差し支えないのですが、写真を撮る際には「観る」「視る」「覧る」を使い分けることが多いような気がします。
 注意してみる場合は「観る」、しっかり見る場合は「視る」ですね。だいたいの状況をざっと見ておきたい場合は「覧る」になるでしょう。いちいち頭の中で漢字変換しているわけではありませんが、目を使って対象物を覧る際には「見方」をいろいろ変えていることが多い。そうしなければ、僕の場合は被写体を発見できないんですね。
 これって、取材時にも同じようなことがいえるのではないでしょうか? 誰かから話を聴こうとする際、重要なのは「どんな質問をするのか?」というところ。ここでピント外れな質問をすると、自分にとって聞く必要のない答が返ってきます。取材慣れしている人であれば、気を利かせてくれて、記事づくりに役立つ返答をしてくれるかもしれません。けれども、通常であれば「的外れな質問には的外れな答がやってくる」のです。取材ではある程度、的を射た質問をする必要があるでしょう。
 これは撮影時におけるフレーミングと一緒なのです。自分の周囲360度に広がっている風景の中の一部を切り取る。それが写真。ワンカットだけではなく、1回の撮影で何100枚も取ることがあります。自分の立ち位置を変えたり、見る角度を、見る範囲を変えながら、被写体の本質に迫ろうと努力する。これが撮影という仕事の目指すところ。
 編集者、ライターも同じところに目標があるといってよいでしょう。あれこれ質問を変えながら、その人の本質に迫ろうとする。鍵となる質問を発することができれば、あれこれ質問をしなくても次々に話してくれるというケースもある。取材活動はおもに会話によって成り立っています。聞き手と話し手に分かれているわけではなく、共同作業といった関係に近い。
 フォトグラファーも基本的には同じですね。被写体が人物ではない場合も、僕は共同作業と感じることが多い。風景を撮っていても、被写体の協力なしでは撮ることはできない。どうしたら被写体のよい表情を引き出すことができるのか? それもテクニックではなく、自然に引き出される表情として……。言葉は伝わらなくとも、何かが伝わっている。そう感じられたとき、意味ある撮影となることが多い。
 撮影の場合は相手から言葉が返ってくるわけではありません。けれども、撮影は被写体とのコミュニケーションと考えると、自分のなすべきことがわかってきます。その結果、言葉以外の何かを撮影者に返してくれる。このかすかな何かを得ることが撮影時の楽しみのひとつとでもあります。

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