
おはようございます。
第59期経営計画書の担当ページはほぼ完成した。午前中に文章主体の部分をデザイナーに送り、図表は夕方送ることができた。午後1時半から4時までは、総合体育館で行われた進学フェスタ「未来ビュー」に参加。デザイナーのA氏と編集者のI氏は「しゅんの表紙をつくってみよう」という体験コーナーを担当。短時間のうちに何パターンもの表紙ができあがった。一方、僕のほうは前日夜に急遽つくったパワーポイントのデータを使って15分程度のプレゼンを行う。プレゼンタイムは3回あったが、どれもおもしろかったな……。たぶん、メッセージは伝わったと思う。
真面目さとおもしろさ
世の中には「ためになる文章」と「ためにならない文章」があります。さらに、「おもしろい文章」と「おもしろくない文章」がある。当然ではありますが、「おもしろくてためになる文章」がもっとも好ましい。
では、2番目に好ましいのは「おもしろくないがためになる文章」か、それとも「おもしろいがためにならない文章」か?
僕の個人的見解では、圧倒的に後者なんですね。学校の教科書とか機械の操作マニュアルといったものは別ですよ。正しい知識を伝えるものとか、正解・不正解がハッキリしているようなものは、おもしろくてもおもしろくなくても関係ない。ニーズがはっきりしている。書き手には、正確な情報を伝えるという使命があるわけです。
ですが、哲学や考え方、メッセージを伝えたい……という文章では、おもしろくなければ読もうという意欲が湧いてこない。ためになるかどうかよりも、楽しく読める、楽に読める工夫が欠かせないのです。そして、ためにならない文章の中にも、多少はためになる部分がある。完全に無意味であればおもしろいとは感じないはず。
僕も根が真面目な人間(たぶん)。真面目なテーマで文章を書こうとすると、つい文章のほうも真面目になってしまいます。真面目な文章を真面目に読み続けられるのは、たぶん2000字が限界なのではなかろうか? 僕の毎日書いているブログ程度の分量であれば、真面目な文章であっても何とか読み終えることができる。それ以上となると、「必要性を感じている人」しか読まない文章となってしまうことでしょう。
スロウの記事には短いものもありますが、しっかり読んでもらいたいと思って書く記事は、たぶん5000~6000字くらいあるのではないかと思います。僕の連載ページ「北海道 来たるべき未来を見つめて」は5300字くらい。話の中身はやや硬め。取材相手の人間的魅力や思想の奥深さに助けられている面があるようです。
つまり、取材対象がおもしろければ、書き手としては作り込むことなく、興味深い文章を書くことができる。ただ、そうした場合であっても、書き手の個性と力量に合わせて、文章を楽しくする工夫が必要でしょうね。取材対象のおもしろさに依存しすぎない文章。ここに編集者、ライターとしての成長の余地があるのではないかと僕は考えています。
「写真+語り」の効用
僕の場合は「話し言葉」が決め手となりました。
すっと後になって気づいたことですが、2003年に受講した日創研のTT研修の中で何かが変わった。劇的に変わったという実感はなく、変わったことにも気づいていませんでした。しかし、その後、社外でプレゼンや講演をする機会が増え、自分の持つ「伝える力」が大きく伸びていることを自覚するようになった。
話し言葉が変わると、文書が変わる。中には、「話はつまらないが文章はおもしろい」という人もいるかもしれません。けれども、多くの人は「話も文章もつまらない」か「話も文章もおもしろい」のどちらかではないかと思います。人の話し方にはさまざまなタイプがある。一見おもしろさに気づかないこともあるわけですが、おもしろい文章を書く人には、話の中にもどこかしらユニークなところがある。僕はそう思っています。
ただ、「文章を書くのは得意だが話すのは苦手」という人もいる(逆のパターンの人も)。いるどころか、そういうタイプの人が案外多い。僕もそう思っていたひとり。ですが、このタイプの人は何かのきっかけで劇的に変わることができる。僕の場合は研修受講がきっかけですが、日常の中で変わっていく人もいることでしょう。
僕はあるとき、「映像」が決め手になるのではないかと考えるようになりました。
それまで、僕はパワーポイントのデータをつくるとき、文字6、写真4くらいの比率でスライドを埋めていました。伝えたいことがたくさんあるときは、文字だけのページも増えた。で、あるとき「これではおもしろみに欠ける」と思ったのです。
そこで、数年前、帯広畜産大学で話をする際に、各ページほぼ全面写真、言葉はワンフレーズ……といったスタイルでスライドを作っていきました。このときはメッセージがちゃんと伝わるかどうかわからなかったため、別途、講演内容を文章にまとめ、資料として配付しました。
1時間程度の講演を終えたとき、「写真+語り」のほうがメッセージが伝わることに気づくこととなりました。スライドに文字が多いほうが講演する側としては楽なものです。何を話せばよいのか、書いてありますから……。けれども、写真だけだと、話し手はその場で言葉を生み出す必要がある。自然と、語りかけるような口調となる。リスクはあるものの、このほうが伝わりやすい。
写真と文章はある意味対極にある表現手段といえます。その中間に、話し言葉がある。写真、映像を見せながら語る。そんなトレーニングを重ねていくと、自分の書く文章も次第に影響を受けることになるはず。文章と話し言葉は決定的に違うものですが、自分の書く文章の中にわずかずつ話し言葉の要素が溶け込んでくる。少し馴れ馴れしくなってみたり、つい語りかけてみたりすることがある。
読み手と書き手の距離が縮まるような書き方。これを会得すると、ためになるかどうかは別として、「おもしろい文章」に一歩近づくことができるのではないかと思います。
