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第3回 ミラーショック

第3回 ミラーショック

中川町/2018.9.30

おはようございます。
 今、中川町にいます。不思議な感じがしています。6月29日、経営発表大会。翌朝4時出発。9時前には中川に着いていました。「森のギャラリー」の会場へ。10時からは「森のさんぽと薪のごちそう」に参加。眠気&筋肉痛という不安要素を抱えながら、紅葉した木々や草花を撮りながら坂道を登っていく。中川町役場のT氏のガイドがおもしろい。気づくと「薪のごちそう」の場所に到着していた。本物のごちそうだった。午後2時過ぎ、再び「森のギャラリー」へ。4日間にわたるイベントは最終盤を迎えていた。今回は最終日だけしか参加できなかったが、他のプログラムにも参加してみたい……。そう思わせる場の力があった。

シャッターを押す楽しみ

さて、第1回の中で、僕は「写真を撮っていて楽しいと感じたことがない」と書きました。しかし、よく考えてみると「楽しい瞬間」が実はある。それがほんの一瞬であるため、ちょっと見過ごしてしまっていたのでした。
 それはシャッターを押したときの瞬間。一眼レフであれば、ミラーが跳ね上がった瞬間。他のタイプのカメラであっても、今シャッター幕が開いていると感じる瞬間。実際のシャッター速度は、1/60秒とか1/500秒といったほんの短い時間。ですから、この瞬間が楽しかったのかどうかすらよくわかっていない。けれども、シャッターを押したときにはちょっとした充実感があって、そこには確かに楽しさがある。
 ただし、それは自分が納得してシャッターを押したときのこと。実は納得してないのにシャッターボタンを押すことがある。被写体をどう捉えたらよいのかわからないまま、迷ったあげく、苦し紛れでシャッターを押す。そんなこともあるのです。
 取材の仕事の中ではけっこうよくあるパターン。充実感がないため、楽しくはならない。けれども、数多く撮っているうちに、数の力で気持ちが軽くなることもある。どちらかというと、「楽しい」より「愉しい」という感覚。そのあたりから、意味ある写真が撮れるようになり、実際にシャッターを楽しく押し込むことができるようになっていく。
 僕はこれまでいくつかのタイプのカメラを使ってきました。最初は35ミリの一眼レフ。次に6×6の二眼レフ。社会人になると同時に4×5の大型カメラを買い、その後はペンタックス67、35ミリのレンジファインダー、645のレンジファインダー。2000年からはデジタルの一眼レフ。
 これまでよく考えたことはなかったのですが、ミラーのある一眼レフのほうがシャッターを押したときの楽しさがある。今さらのように気づきました。手ぶれリスクが少ないという点では、ミラーはないほうがよいのですが、充実感は一眼レフのほうがある。
 ミラーが跳ね上がった瞬間、ファインダーを通していていた風景が一瞬消える。その瞬間、レンズを通した光が乳剤またはイメージセンサーに当たっている。自分が見ていた風景の一瞬後をカメラは画像として記録している。どのカメラでも行っていることは一緒ではあるのですが、一眼レフのほうがイメージしやすい。

物理的ショックと充実感

最近僕が使っているカメラは、ミラーレス一眼。ミラーがないのに一眼。なので、ちょっと話がややこしくなります。ファインダーは電子ファインダー。撮影レンズを通して風景を見るという点では通常の一眼レフとは同じ。ですが、これを信号に変え、液晶画面のような映像でフレーミングを決めるのがミラーレス一眼。
 僕は手ぶれの不安が減るし、ボディも小さく、軽い。そんな実用的なメリットから仕事用に使うようになりました。細かいことをいわなければ、雑誌の仕事には十分が画質。今は35ミリフルサイズのミラーレスもありますから、これからはミラーレスが主流となっていくかもしれません。
 弱点は「今、自分は写真を撮っている」という充実感が通常の一眼レフよりも乏しいというところ。
 僕は二眼レフや4×5カメラ等を長年使ってきて、一眼レフに特別な愛着があるわけではなかったのですが、デジカメの時代になってようやく「ミラーアップするカメラ」の楽しさがわかってきたようです。写真の写りとは関係なく、ただ気持ち的な問題に過ぎません。これは原稿を書く際、軽快なタッチのキーボードかどうかという問題に近い。この「気持ち」が写真にも文章にも少なからぬ影響を及ぼすことになる。そう思うのです。
 ミラーショックの一番大きなカメラといえば、ペンタックス67ではなかろうか? 長年使ってきたフィルムカメラを僕はあるとき大半を処分してしまいました。今考えると、惜しい気持ちもあるのですが、どうしても手放せなかったのがペンタックス67とそのレンズ。
 その理由について僕はよくわかっていなかった。今ようやくわかったところ。シャッターを押し、ミラーが跳ね上がり、ミラーアップのショックが手に伝わってくる。このカメラ独特の楽しみがあって、手放せなかったのだと今では理解しています。
 写真の写りに及ぼす影響としては、ミラーショックは少ないほうがよいのですが、「自分は今写真を撮っている」という感覚をこれほどハッキリ味わうことのできるカメラはありません。
 そのペンタックス67も、もう10年近く使っていない。ずっと放置したまま。果たしてシャッターは正常に作動するのだろうか? 先週、レンズをチェックしたら、一部にカビと曇りを発見。オーバーホールに出すことにしました。素晴らしいレンズ……というわけではないのですが、思い入れのあるレンズ。デジタルの時代になっても、使い続けられたらと思っています。
 読んでも役に立たない話になってしまいました。ただ、デジカメ世代の人がペンタックス67でシャッターを押し、重たいレバーでフィルムを巻き上げたら、ある種のショックを覚えるのではないかと思います。物理的なショックが不足している。ここが今の時代、ちょっと物足りないところといえるのかもしれません。

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