高原淳写真的業務日誌 > 写真を撮る愉しみ > 第4回 撮影時と実際の写真とのギャップ

第4回 撮影時と実際の写真とのギャップ

第4回 撮影時と実際の写真とのギャップ

旭川市/2018.10.1

おはようございます。
 当初の予定では旭川方面で取材が行われるはずだったが、台風のため延期が決まっていた。ただ、実際には普通の雨だった。雨に濡れた草花を写真に収め、帯広へ。5時50分頃帰宅。台風に近い十勝は暴風雨が心配されたが、どうやら大したことはなかったらしい。

正像と逆像

昨日、ミラーショックの話を書きながら思い出したのは、4×5など大型カメラのファインダーでした。ミラーがなく、レンズを通った光がそのまま磨りガラス状のピントグラスに投影される。暗幕をかぶって、フレーミングしたり、ルーペを使ってピントをチェック。それからシャッターを押すことになる。
 1回のシャッターを切るまでに、非常に面倒な工程を経ることになります。それだけではありません。ピントグラスに投影される画像は、天地左右逆さま。レンズを通過した光をそのまま見るわけです。これを頭の中で正像に変換しなければなりません。デジカメに慣れてしまった今では、たぶんできないだろうなぁ。19年前までは、頭の中で逆像を正像に変換し、カラーの世界をモノクロに変換しながら、仕上がり写真をイメージしていました。
 4×5カメラより慣れ親しんでいたのは6×6の二眼レフ。ヤシカマット、ローライフレックス、マミヤC330の3台を使っていました。一番活躍したのは価格の一番安いヤシカマットでした。何がよかったのかというと、シャッターが非常に軽かったこと。ストロークはやや長いが、驚くほど軽い。このため、1/8秒くらいのシャッター速度でも手ぶれせずに撮ることができた。
 それはともかく、二眼レフの場合は左右のみ逆像。天地は正像となる。4×5よりはるかに撮りやすい。僕は20歳頃から二眼レフを愛用するようになり、20年近く個展用の写真制作に使っていました。二眼レフは上からファインダーを覗く構造となっているため、ウエストレベルやローアングルでの撮影に便利。二眼レフのデジカメがあったら、速攻で買いたいと思っているのですが、可能性は低いでしょうね。
 左右逆像というのは、いわば鏡で自分の顔を見ているような状態。自己イメージと実際の自分とのギャップに近いものがあります。このちょっとした誤差を頭の中で補正する。4×5では頭の中での変換作業に時間を要しますが、二眼レフでは一瞬のうちに完了する。ですから、被写体にカメラを向けてから実際にシャッターを押すまで、2、3秒以内であることが多い。ピントも目測で大雑把に合わせておいて、ファインダー付属のルーペで微調整するだけ。慣れると、デジカメより速く撮ることができる。
 一眼レフ(ミラーレスではない)の場合、ペンタプリズムが内蔵されていてカメラ内で光が4回反射され、天地左右とも正像に変換された状態でフレーミングすることができます。これは35ミリ一眼レフでも中判のペンタックス67でも同じ。これまであまり考えたことはありませんでしたが、すごいことですね。
 4×5のビューカメラなど原始的な構造のカメラを使うと、正像でフレーミングできるありがたみを感じることになる。

計算できない仕上がり

撮影時と実際の写真とのギャップ。これが一番少ないカメラといえば、やはり今日のデジタルカメラということになるでしょう。
 何といっても、撮影後にモニターで画像を確認することができる。撮り直しのきくような撮影であれば、納得のいくまで何度でも撮ることができる。現像してみなければわからないというフィルム写真の場合は、どこかで「よし」と切り上げることになる。このあたりは勘と経験に頼るところが大きい。
 こうしたギャップは、通常の仕事であればないほうがよい。ギャップが大きすぎると大変です。けれども、自分の作品とかスロウで撮るようなイメージカットの場合は、まったくギャップがないよりも、多少はあるほうがよい。未知数の部分が残っていることによって、いい感じの味わいが出るような気がするのです。
 頭の中で変換または計算不可能な画像。そこにおもしろみがある。それは焼き物で炎が「景色」をつくりだすのと同じようなもの。計算しても計算外の仕上がりになる。そうしたおもしろさが写真にはある。
 このギャップをどの程度許容するのか? それは写真家によってずいぶん違ってくるのではないかと思います。また、同じ撮影者であっても写真の使用目的やテーマによって違ってくる。僕の場合、雑誌ではギャップを小さくしようと努力しますが、個展用作品の場合はある程度緩くすることが多い。その日の気分によっても違ってきます。
 20代から30代にかけては35ミリ、中判、4×5カメラを使い分けていました。仕事の場合は必要性によって使い分けますが、作品用の場合は気持ちによって使い分けていた。
 今の自分の仕事に求められているのは、案外「必要性」より「気持ち」であることが多い。商品撮影では当然必要性が優先されますが、イメージカットの場合は「気持ち」が写真の一部に込められていなければならない。これは編集者が文章を書く際、「主観を一部盛り込む」というのと同じですね。ですから、計算尽くで写真を撮っては身も蓋もないと僕は考えています。
 ちゃんと撮れているのか撮れていないのか、よくわからないようなカットがあってよい。あるいは、考えずに撮るようなことも許容すべきでしょう。僕はどちらかというと、計算してしまうタイプ。ですから、本当は二眼レフレベルのちょっとだけ使いにくいカメラが一番向いている。天地正像、左右逆像。この心地よい混乱が写真に計算外の味わいを加えてくれる。
 もっとも、今の時代は計算外のことばかり起こりますから、「モニターで画像を確認できる」という機能は手放せそうもありません。便利さと不便さの使い分けが必要な時代というべきでしょうか。

ソーゴー印刷株式会社

〒080-0046 北海道帯広市西16条北1丁目25
TEL.0155-34-1281 FAX.0155-34-1287

高原淳写真的業務日誌