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第7回 何をどう見るか

第7回 何をどう見るか

音威子府村/2018.10.1

おはようございます。
 朝7時、次世代幹部養成塾。今期最初の読書会。課題図書はナポレオン・ヒルの「自己実現」。午後は役員会、幹部会議。7時、夢の蔵へ。中小企業家同友会とかち支部経営指針委員会。
 昨日思ったのは、「勉強」「研究」の優先順位を上げなければならないということ。みんな「仕事」ばかりを優先させる。それはもっともなこと。しかし、正しいとはいえない。仕事によってもたらされるのは、今日から数ヵ月後までの受注・売上。数年後、10数年後の受注・売上を確保するには、「勉強」「研究」が不可欠。自分、自社が成長していなければ、明るい未来はない。「今」だけを優先させるのは危険な考え方といえる。勉強、研究好きな社風をいかに築くか? ここが大きな課題だ。

ユニークな解釈力

昨日はフレーミングについて、とりわけ「主題と背景の関係性」について書きました。これは、言い換えれば「何をどう見るか」ということでもあります。
 世の中にはすごい経営者がいます。企業経営者だけとは限りませんね。すごい眼力を持っている人が大勢いる。そうした人は、僕らと同じ現象を同じ場所から見ているというのに、常人とは異なる仮説を導き出し、素晴らしいビジネスチャンスをつくり出しています。
 どこに着目するのか、どう解釈するのかによって、同じ対象物、現象であっても意味と価値が変わってくる。このことを僕らはもっと重大に受け止めなければなりません。
 なるほど、そのように捉えるのか……。ユニークな解釈力を持っている人には敬意を持ち、純粋に驚き、その人から素直に学ぶことが大切です。自らも勉強し、研究することで、人々にうれしいサプライズを与えられるような仕事をしなければなりません。
 こうした手法は、僕の考えで言えは「写真的アプローチ法」なんですね。写真というものは、何をどう見るかによって決まるもの。写真は創作の余地が少ない表現手段。被写体を見つけることと被写体を解釈することで、撮影はほとんど完結してしまいます。フレーミングとか、絞り・シャッター速度の選択とか、ハイキーにするかローキーにするか……といった問題は、すべて「解釈」の一部。解釈し、数多くの選択を行い、一枚の写真が誕生する。解釈がユニークなもの(「変わったもの」という意味ではありません)であれば、そこに撮影者の世界観が表現されることになる。
 写真でも、人生でも、企業経営でも、同じことが当てはまるでしょう。自分、自社、世の中全体をしっかり観察していなければ、被写体(対象物)を発見することはできません。そしてまた、理性能力、感性能力を発揮しないことには、対象物をユニークに解釈することはできない。ユニークな解釈が行われるから、ユニークな表現が可能となる。
 写真はそのことを実に明快に理解させてくれる表現活動といえます。ほとんどの制作工程が「見る」と「解釈する」に特化されているためでしょう。人生よりも、企業経営よりも、速やかに「見るとは何か」「解釈とはどういうことか」を理解することができる。

異なる視覚体験が「解釈の違い」を生む

僕らは対象物を「丸ごと見ている」と思い込んでいるところがあります。ところが、たいていの場合は、自分の見たいところしか見ていないんですね。これは写真を仕事にするとよくわかることです。被写体がよく見えるよう、美しく見えるように撮影する。すべてを写しているわけではありません。美しくない部分が見えないよう、カメラの位置を工夫することもあります。また、「そもそも美しい部分しか目に入らない」ということもある。ここが写真のおもしろいところといえるでしょう。
 ビジネスにおいても、対象物を丸ごと見ていると思ったら痛い目に遭うことになる。一部分しか見ておらず、しかも「自分の見たいところ」を見ていることが多い。それが自分、自社にとって好ましいことといえるのかどうか? 写真の場合は自分の世界観を表現すればよいわけですが、ビジネスではそういうわけにはいきません。自分、自社の世界観を表現しつつも、マーケットを意識しなければならない。したがって、「自分はこう見ている」というのとは別に、「こういう見方もある」をいう複眼思考を持つことが求められます。
 考えてみると、写真にも複眼思考が必要ですね。いつも「自分の見たいところ」だけ見ているわけではありません。自分のものの見方も、成長させていかねばなりません。別な角度から被写体を見て、別な美しさや別な価値を発見する。そうした試行錯誤を繰り返していくことで、ものを見る目が養われていくことになる。自分の世界観も常に変化している。そう理解すべきでしょう。
 同じ被写体を、同じ時間、同じ場所から見て、同じ機材を使って、同じように撮影したとしても、同じ写真になるものではありません。人生も、ビジネスも同様ですね。
 なぜ違った写真になるのか? それは各人の撮影技術以前に、一人ひとり「異なる視覚体験」を持っているからといえるでしょう。脳に刻まれている過去の視覚体験のデータベースと照合しながら、今の風景を見ている。その結果、同じ風景を見ても気になるポイントが一人ひとり異なる。当然、解釈の仕方も違ったものとなる。
 その結果、ほとんどの人にとってはどうでもよいと思われるような被写体が妙に存在感のある写真になったりする。
 自社商品に置き換えて考えると、ありきたりに思われる商品がオンリーワンになる可能性もある。ユニークな解釈を試み、そこに自社が長年培ってきたコア・コンピタンスを反映させる。そういう商品づくりが我が社には求められますね。
 最後はちょっと写真の話から逸れた結論になってしまいました。

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