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第15回 逆光か順光か

第15回 逆光か順光か

おはようございます。
 昨日は広尾での取材。風はやや冷たいものの、日差しが強い。漁港での作業風景を撮影。合間にカモメの大群を撮る。人物撮影は日陰で行われた。インタビュー中の撮影であるため、場所を選べるわけではない。たまたま撮影条件に恵まれることもあるが、ライティング上、厳しい条件のことも少なくない。今回は完全な日陰、背景には強烈に明るい漁船。なかなか撮りにくい。こうした撮影でレフを使用することはない。当然、背景は白飛びする。許容範囲外の場合は人物撮影だけのために場所移動することもあるが、今回はこの条件下で撮影することにした。2件目の撮影は店内。料理撮影。3時半頃には取材終了。
 5時に戻り、着替えてから十勝ダイニングふる屋へ。帯広ロータリークラブ情報集会第5組。僕は主人役になっていた。

レフの功罪

さて、ライティングというのは写真の出来不出来を左右する、重要な要素といえます。それぞれ被写体に合ったライティングの基本形がある。それを忠実に守れば、だいたいきれいに撮ることができるわけです。ただ、そこにも自分の好きな光の状態というものがありますから、いつも教科書通りのライティングということにはなりません。
 僕は半逆光が好きなところがあって、料理撮影ばかりではなく、さまざまな被写体を半逆光で撮っていました。人物を半逆光で撮ると、顔は暗くなります。当然のようにレフを使うことになる。
 これは実際に経験してみるとわかることですが、レフを当てられるとまぶしい。そんなまぶしい状況の中でいろんなポースや表情を指示していた。何と無茶なことを……と思うようになったのは、モデル撮影をしなくなった2000年以降のこと。
 僕はプロのモデルにも素人モデルにも、情け容赦なくレフ、それも銀レフ(ときには金レフ)を当てていました。今考えると、ちょっと申し訳ない気持ちです。
 スロウで人物撮影をするようになってからは、基本的にレフを使わないことにしました。逆光、半逆光で撮ることも大幅に減りました。やむを得ずに逆光で撮る際にも、レフは使わず、バックが飛ぶのを覚悟で撮るようにしています。レフを使わないのは、ストロボを使わない理由とだいたい同じ。人工光ではないものの、レフの光も不自然であるからです。
 僕はどんな被写体であっても、2000年頃まで順光で撮ることはありませんでした。真正面から当たっている光。写っているものを正確に見せるには適しているのかもしれませんが、即物的な写り方となる。つまらない写真になることが多いライティング。
 今も順光は避けたいライティングではありますが、被写体によって、あるいは状況によっては悪くないかもしれない……と思うようになりました。順光で撮られてこそ、その人らしさが伝わってくる。そんな人も確かにいるようなのです。あっけらかんとしたタイプの人は順光向きなのかもしれません。

あるがままに撮る

話は変わりますが、我が社の応接室にはソファがあって、南向きの窓を背にして座るか、窓を正面に見ながら座るか、どちらかを選択することとなります。僕はお客様に「まぶしい思いをさせてはいけない」と思い、窓を背にするソファを勧めます。ところが、僕が入室したときにはすでに「窓を正面に見る」側を陣取っているお客様もいる。5人に1人くらいの確率でしょうか? 逆光のポジションを選ぶタイプの人。
 けっこう、僕と同類の人なのかもしれません。僕も知らず知らずのうちに逆光を選ぶタイプ。撮影のときだけではないのです。
 逆光を選ぶ理由は、「光のある方向へ向かっていきたい」という気持ちの表れ。これは確かにある。夜、車で走っていて町の明かりが見えてくると、何となく安心するというのと同じ。たぶん、そうした理由からでしょう。僕は地方都市で暮らすことはできても、人里離れた場所では生きていけそうな気がしません。
 もう一つの理由は、「逆光=逆境」と捉えてしまうことがあって、何となく光に対して挑んでみたくなるのです。ありきたりな光(順光)ではおもしろくないと思ってしまう。今も、「順光=順境」といった捉え方をする傾向にある。
 逆境とは「不運で思い通りにならない境遇」、順境とは「万事がぐあいよく運んでいるような境遇」のこと。もちろん、人生にとっては後者のほうが好ましい。けれども、写真家にとってどちらが好ましいといえるのかは、何ともいえません。写真は「思い通りにならない」表現手段であり、思い通りにならないからこそおもしろい、という側面があります。そして、「万事具合よく運んでいる」というような写真にはおもしろみを感じない……。逆境に挑み続けた結果、たどり着いた世界観。それを見てみたいわけです。
 ところが、2004年以降、スロウの取材を通じてさまざまな人に出会い、それぞれの人生観、仕事観を聴くうちに、僕の中にもある種の変化が訪れることとなりました。それは単純な「逆境か順境か」といったものではなく、実にバリエーション豊富なものだったのです。一人ひとり異なる人生を歩んでいるのですから、当然のことといえます。自然な流れに乗っている人もいれば、ロッククライミングのような人生もある。
 僕は、逆光であれ順光であれ、できるだけそのまま自然に撮るようになっていきました。
 できるだけそのまま。それは僕の作品のための撮影と同じスタイルです。必然的に作為は薄れていきました。そうして、雑誌の撮影と作品のための撮影との境界線はほとんどなくなっていった。明確に雑誌用の撮影といえるのは、料理写真と商品写真くらいでしょうか。光の状態がどうなっているのかは意識しますが、「あるがままに撮る」と決めてしまえば、楽な気持ちで撮影することができる。
 それは「逆境でも順境でも構わない」という心境に近いものがあります。もしかすると、僕は「穏やかな気持ちを保つために写真を撮っている」のかもしれません。

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