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第19回 思い込み力と自己否定力

第19回 思い込み力と自己否定力

弟子屈町/2018.10.28

おはようございます。
 昨日は弟子屈方面取材。季節は晩秋。だが、しっかり紅葉が残っていた。10月末にしては暖かく、昼食は外で食べる。日曜日らしい仕事の仕方だ。

思い込みと被写体からの「指示」

写真を撮るときに必要なのは「思い込み力」だと僕は考えてきました。今もその考えは大きく変わってはいません。思い込み力がフルに発揮されているときは、撮るべき風景が周囲の風景から浮かび上がって見えていました。変な言い方ですが、「ここをこのようにフレーミングして撮るよう、被写体から指示されているような感覚になる」ことがありました。
 もちろん、実際にそのようなことはありませんから、思い込み力のなせる技ということになります。こうした「指示」にはいくつかのバリエーションがあって、目の前にフレームが浮かぶこともあれば、撮るべき被写体がモノクロに見えることもあった。目に見えるだけではなく、撮るべき地点を「指示」されることもありました。僕は樹木からのメッセージだと思っていました。「この場所から撮ると心地よく見える」と教えてくれていたのです。
 実際、そのような思い込み力が発揮されたときは、自分にとって「いい写真」になることが多かったと記憶しています。そして、何となくではありますが、被写体と通じ合っているような気持ちになった。
 こうした写真の撮り方は、30代後半までできていました。今はすっかりできなくなってしまいました。たぶん、再び思い込み力全開という写真の撮り方に戻るのは、60代後半以降でしょう。今の自分にとっては、今の撮り方がいい。
 今の撮り方はどういうものか? 我が社のフォトグラファーS氏が図らずも証言していました。「撮れないのではないか……という気持ちを抱きながら撮っている」というのです。ちょっと言い回しは違っていたかもしれません。けれども、僕もそうした気持ちを素直に受け止めながら撮るようになりました。これは雑誌や広告のための写真を撮っているときに感じやすい気持ち。
 S氏も僕も技術と経験を積み重ねてきていますから、撮れないということはありません。最終的には「撮れる」わけですが、このちょっとした自己否定力を持つことも案外大切なことなのかもしれない、と僕は考えるようになりました。40代に入ってから、特にそう思うようになった。これは企業経営者になったことと関係があるのかもしれません。
 最初はこの「自己否定力」の正体がよくわからず、何となくもやもやとした気持ちになっていました。それがあるとき、僕の中で氷解したのです。
 そのきっかけとなったのは、2004年、広島で行われた日創研経営研究会全国大会でした。僕にとって重要な意味を持つ言葉を2つ得ることができた大会。ひとつは基調講演の講師から、もうひとつは帯広から参加した先輩経営者から与えられた言葉でした。

内省的な撮り方

自己否定に「力」をつけることは通常ないと思います。しかし、講演の中では「自己否定力」という言葉が使われました。僕は可能思考について勉強していた時期。ちょっとした違和感を覚えたわけですが、その意味するところはすぐにわかりました。講師も「肯定的自己否定力」と言っていたはず。肯定的に自己否定することが企業経営者には求められる。
 その一方では、自己肯定感も欠かせませんから、自己肯定と自己否定の両方を併せ持つことが大切といえるでしょう。肯定的な自己否定力を持つことができれば、自分、自社の改善点や成長のための課題が見えてくるようになる。自己肯定感や思い込み力だけでは成長課題は見えてこない。
 休憩時間中に聞いた先輩経営者からの言葉は、その後も何度か聞くことがありました。「自分は全人類の中で一番劣っていると思う」といった話。そんなことはあり得ないのですが、言葉の背景に深い意味があるように感じられる。僕の解釈では、自分の中にある何かを封印するために使われている言葉なのではないか? 答は今もよくわかっていません。
 ただ、こうした言葉を口にすると、謙虚になれるような気がします。僕の中には写真活動によって強化された思い込み力がありますから、それが企業経営にも影響することがある。肯定的自己否定力と謙虚になれる言葉。この2つを収穫として持ち帰ることのできたイベントでした。
 今も記憶に残り、シチュエーションも鮮明に覚えています。けれども、その意味を僕はまだ十分に解明できてないような気がします。
 写真を撮るときには、しっかり思い込んで撮りたい……。そういう気持ちは今も強い。けれども、中断していた写真活動を再開した2004年以降は、思い込んで撮るときもあれば、もやもやしながら撮ることもあります。そして、「被写体からの指示」も感じられなくなりました。何となく、自分の写真力が低下してしまったかのように考えてしまいます。
 写真を撮るときに考えていることも、大きく変わりました。かつては「被写体のこと」と「自分のこと」を考えていました。集中するために、それ以外の情報は混じり込まないよう気をつけていたのです。
 今はそのようなことはなく、あらゆる情報が入ってきますし、シャッターを押すときもさまざまなことを考えています。社内のやっかいな問題についてであるとか、「あのとき、ああ言えばよかったなぁ」といったことをぼんやり考えていたりする。
 どちらかというと内省的な気持ちを感じながら撮影している。ここ10数年はそういう撮り方。これが2004年に聞いた2つの言葉によるものなのかどうかはわかりません。ただ、自分の世界にのめり込んでいたかつての撮り方と今の写真とでは、趣の異なるものとなっていきました。
 思い込み力と自己否定力との間を行ったり来たりしながら、これからも写真を撮り続けることになるでしょう。この点では写真も企業経営も同じものであるような気がします。

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