
おはようございます。
昼はFMウイング番組審議会。夕方、次世代幹部養成塾第4講。テーマは「印刷技術の変遷」。1980年代から今日まで、大きく変わった印刷技術について講義を行う。技術面でいうと、僕よりも適任の人が社内には大勢いる。しかし、もっとも伝えたいのは技術の変遷が印刷ビジネスをどのように変えていったのかについて。そして、今後どういう方向へ向かっていくのか? 業界としても我が社としてもほぼ結論は出ているが、それが正解とは限らない。悩ましいところだ。
有版印刷と無版印刷
長い間、印刷には4つの方式があるとされてきました。凸版、凹版、平版、孔版の4方式。それぞれの印刷方式の違いについては、ここでは割愛します。ネットで検索すると詳しく解説したページをいくつも見つかるはず。
この4方式の印刷には、いずれも「版」が存在します。原稿から版を作成し、インキを紙などに転写し、大量複製する。それが「印刷」の概念でした。ところが、1990年代にトナーを使ったデジタル印刷機が誕生。印刷データから直接印刷する方式です。2000年にはカラーデジタル印刷機が登場し、その後急速に普及していくこととなりました。従来の印刷と異なるのは「版を使わない」という点。このため、無版印刷とも呼ばれます。その後、インクジェットのデジタル印刷機も使われるようになり、将来的には無版印刷が印刷方式の主流となっていくとも考えられています。
無版印刷と有版印刷。両者の間では、今のところ棲み分けができています。
一度版を作成すれば、その後のコストが安いのは有版印刷。よく、印刷会社の営業パーソンは「300枚刷っても500枚刷っても価格は同じ」と言いますが、これは印刷に必要な刷版に費用がかかるため。しかも、色や濃度を整えるのに試し刷りが必要となる。このため、損紙(ヤレ紙)の分の紙代を上乗せしなければならないのです。
一方、無版印刷に版はありません。パソコンのプリンターのように1枚目から印刷物ができあがる。ただ、ランニングコストという点では有版印刷のほうが有利。したがって、通常500部以下の印刷物は無版印刷(オンデマンド印刷)、それ以上は有版印刷ということになるでしょう。
有版印刷の中でもっともポピュラーな印刷方式はオフセット印刷です。オフセットは平版印刷の一種。感光剤が塗布された刷版に露光し、画線部(親油部)と非画線部(親水部)をつくり出します。水と油が反発する性質を利用し、画線部だけにインキを乗せ、それをブランケット(樹脂やゴム製のローラー)に転移させてから紙に転写する。これがオフセット印刷の原理。
カラー印刷の場合、通常4色のインキを使います。4色印刷機では、インキローラー、水ローラー、版胴、ブランケット胴、圧胴(紙に圧力をかけてインキを転写させるため)のセットが4つ用意されています。1色ずつ4回印刷される。それなのに版ズレした印刷物を見かけることは滅多にありません(厳密に言えばあるでしょうが)。本当に不思議です。
オフセット印刷技術の進歩
オフセット印刷は19世紀に発明されたものですが、印刷機が製造されたのは1904年、アメリカでのこと。日本で普及したのは戦後、それも国産PS版(感光液を塗布したアルミ板。製版時に原板の焼き付けができる)が発売された1965年以降でしょう。ソーゴー印刷の社史には「1970年、ハイデルベルグオフセット印刷機導入」とあります。半世紀近く、オフセット印刷を主力事業としていることになります。
オフセット印刷といっても、50年前と今とではずいぶん大きな違いがあります。まず、印刷機そのものが違う。僕の記憶は曖昧ですが、その昔、1色の印刷機に紙を複数回通してカラー印刷を行っていたはず。2色機なら、2回通せばカラー印刷になりますが、1色なら4回通さねばなりません。版ズレさせないだけでも、相当熟練した技術が必要となるでしょう。今は4色印刷機がありますから、紙を1回通せばカラー印刷になる。
技術的な変化としては、DTP(デスクトップ・パブリッシング)とCTP(コンピュータ・トゥ・プレート)が大きい。パソコン上で印刷データが作成されるようになり、印刷に精通していない人でもデータ入稿するようになった。これにより、2000年代には多くの印刷会社が混乱したのではないかと思います。たとえば、スミベタをCMYK各100%で設定するようなデータがたまに混じったりする。スミベタというより、ベタベタなことになる(たぶん)。
文字化けやアウトラインのかけ忘れといった問題もしょっちゅう起こっていたと思います。2000年代、印刷会社の多くは、DTPによる制作部門の付加価値低下という問題を抱えていました。それに加えて「不完全データの修正に時間がかかり、しかもそれを費用請求できなかった」。2000年代は印刷業界冬の時代でしたね。ずいぶん減ったと思いますが、今でも同じような問題は起こっていることでしょう。
一方、2000年代に普及したCTPは印刷会社に品質向上と生産性向上をもたらしました。製版フィルムという工程を経ずに、PC上のデータから直接刷版を出力することができる。僕が入社した2000年、導入されたばかりのCTPがうやうやしく鎮座していました。
2010年代に入ると、我が社の印刷部門では僕の知らない間に「FMスクリーン」の技術を確立していました。印刷の素人である僕はFMスクリーンという言葉すら知らなかった。通常の印刷物は網点で濃淡を表現しています。これはAMスクリーン。FMでは微小なドット(点)で色や濃度を再現しています。僕の理解するところ、FMのメリットは「ディテールの再現性」と「モアレ(干渉縞)が発生しない」こと。FMスクリーンで印刷したものをルーペで覗くと、ちょっとした感動を覚えます。網点とは明らかに異なる解像度。ただ、AMもけっこうきれいですから、ぱっと見ではわからない。すぐにわかるのは、業界の人ということになるでしょう。
そんな目に見えない進化を遂げながら、オフセット印刷はしばらくの間、印刷の主流であり続けるのではないか? あと20年くらいはデジタル印刷機と共存していくことになるのではないかと僕は考えています。
