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北海道の仕事と暮らし17 人間的な商品

北海道の仕事と暮らし17 人間的な商品

おはようございます。
 昨日はあえて予定は入れず、夕方の便で帯広に戻る。昼間の時間帯は羽田空港のラウンジで過ごした。思ったよりも居心地がよい。ラウンジ内で聞こえるのはBGMのほか、カートを引く音と足音。足音はヒールを履いた女性が一番高く、総じて男性のほうが低い。ほとんど無音で歩く人も3割ほどいる。僕も無音組だ。ラウンジでは社内報原稿を執筆。そして、1月の富良野での講演内容について考えをまとめた。仕事が大きく進んだというわけではないが、ノートPCがあればどこにいても仕事はできる。静かな場所があるかどうか。問題はそれだけ。

顧客の顔が見えるかどうか

夕方まで東京にいようと思ったのは、地域経済と我が社の事業について、東京の空気を吸いながら考えてみたいと思ったためです。北海道に戻ると、これが当たり前……という気持ちになりやすい。その結果、なかなか状況を変えることができない。帯広でできる仕事もあれば、遠く離れた場所でできる仕事もある。来年は「あえて予定を入れない海外旅行」をしてみたいと考えているところです。そういう時間がきっと必要に違いない。
 東京で仕事をしていた頃は、「読者やユーザーの顔が見えない仕事」が圧倒的多数を占めていました。直接的な顧客は出版社や広告代理店。一部には、ファッションメーカーからの仕事もありました。こうした顧客の顔は当然見えているわけですが、「顧客の顧客」が見えているわけではありません。出版の仕事であれば、顧客の顧客は読者。通販広告であれば、商品を購入するユーザーです。いずれも顔を合わせることはなく、「だいたいこんな人たちだろう」とイメージしながら、記事、広告、SPツール等をつくっていました。
 ソーゴー印刷に入社した後も、「顔が見えない仕事」はけっこうたくさんあるものです。自社のフリーマガジンや雑誌の読者と直接顔を合わせる機会は少ない。しかし、北海道で仕事をしていると、直接会うことは少ないにせよ、「読者やユーザーと距離が近い」と感じることがあります。どうしてそのように感じるのだろう? きっと「地域限定の情報」を「地域の人に向けて」発信しているからに違いありません。
 東京も一地域ではあるわけですが、東京でつくられた雑誌は全国に向けて発売される(例外もあります)。このため、「読者の顔」ではなく、「想定したターゲット顧客の顔」をイメージしながら、本のコンセプトが考えられていく(たぶん)。自分のまわりにいる人よりも、ひとくくりにまとめられた人(あるいはペルソナ)に向けて商品が開発される。大量生産し、多くの読者を獲得するためには、当然そうすべきだろうと思います。
 スロウをはじめとする我が社の雑誌も、経済活動としてそうあるべきかもしれませんが、実際にはもっと非科学的なつくり方をしています。
 そもそもの出発点は、「自分の読みたいと思う雑誌が世の中にない」というものでした。これがスロウ創刊時の編集者たちの気持ち。ずいぶん大きく出たな……と思って僕は聞いていました。しかし、それは真実でもありました。売れるための本づくりではなく、自分を満足させる本づくりのほうが、僕には魅力的に思えたのです。

作り手の能力と人間性

もちろん、独りよがりな本をつくろうと考えたわけではありません。作り手である自分たちも一読者なのだ、という原点に立ち戻ったに過ぎません。そうして、自分たちの考える理想の雑誌をつくるために取材活動を行っていくと、今度は「取材相手の満足」について考えるようになっていきました。
 もちろん、純粋な記事ページなので編集権は編集部にあるわけですが、取材相手の考えや気持ちに沿った記事づくりを心がけるようになっていった。このため、取材前に立てた企画が取材後にガラリと変わる……というどんでん返しも度々起こります。現場主義という言葉がよく使われますが、スロウ編集部ほど現場主義に基づく雑誌はめずらしいでしょう。
 ここではスロウを例に話を進めてきましたが、我が社の商品の多くはそのようにして、「顔の見える人たち」に向けて「現場主義を重視」しながらつくられているのではないかと思います。
 たぶん、これは我が社だけではないはず。地域密着度の高い企業であればあるほど、顔の見えるビジネスが行われている。その結果、「人間的な商品」が日々つくられている。僕はそこに地域企業の魅力と強みがあるのではないかと考えています。
 企業経営には科学性が求められますが、ものづくりには人間性が求められるに違いありません。機能、効率、コストばかりを優先してつくった商品には、どこかしら満たされない部分を感じてしまうもの。便利ではあるけれど、愛着を感じない。必要な情報ではあるけれど、用が済んだら処分されてしまう雑誌。我が社の雑誌はどうなのだろう? 長く本棚に並べてもらえるとよいのですが……。
 人間が人間的な商品をつくっているわけですから、商品の魅力度は「つくっている人」の能力や人間性によって決まってきます。つまり、システマチックにつくられるのではなく、各個人の持ち味と情熱の傾け方によって商品の質が左右される。結果として、出来不出来がある。均一性や完成度を求める人には不向きな商品に違いありません。
 北海道でつくられるものは、農作物をはじめ出来不出来があって当たり前という商品が多いはず。日本は極度に工業化した歴史を持っているため、完成度が高くなければ許されない雰囲気があります。しかし、ここにきて風向きはずいぶん変わってきました。野菜や果物は工業製品ではない。そんな当たり前のことに気づく人が増えた。食べ物の次は工芸品あたりでしょうか。手作業による人間的な商品に惹かれる人が増える傾向にあるようです。我が社の雑誌も印刷前の工程まではほぼ手作業。ですが、出版・情報分野の人間的なものづくりが広く認められるのは、しばらく先のことであるような気がします。

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