高原淳写真的業務日誌 > 北海道の仕事と暮らし > 北海道の仕事と暮らし44 完璧な準備はしない

北海道の仕事と暮らし44 完璧な準備はしない

北海道の仕事と暮らし44 完璧な準備はしない

おはようございます。
 朝、原稿執筆を再開。毎年作成している「2019年の年頭にあたって」という16000字のレポート。前日まで5000字。残り11000字。昼頃まで5000字書く。脳みそがエネルギーを求めている。そう思って、昼はステーキを焼く。だが、僕はステーキづくりに慣れていない。ネットで調べた通りに焼いてみたら、黒焦げになった。しかも中心部は激レア。ぬるかった。それでもおいしくいただき、後半戦へ。午後4時頃には書き上げた。プリントアウトし、校正&推敲。微調整だけで済みそうだ。夕食後、インデザインでテキストを流し込む。図版を用意し、各ページに配置。この作業に毎年時間を要するのだが、今年は比較的スムース。午前1時頃、ついに完成。A4・16ページにまとまった。

できないと思ってもできている

毎年、「今年こそできないのではないか?」と思いながら、「年頭にあたって」の作成が始まります。一年で最初に感じるネガティブな感覚。それと矛盾するように、「年頭にあたって」の作成を楽しみにしている自分もいます。これは矛盾ではなく、そういうものなのだと思っています。
 「できるかできないかわからない」から楽しいという気持ちが湧いてくるのです。できるとわかっていたら、わくわく感は小さい。
 この「年頭にあたって」は、僕の中では最大限に集中しなければ完成までたどり着かない仕事。今年は3日間をこの作成に充てようと思っていました。実際には4日間かかりました。ぼーっと考えている時間を含めての4日間。「ぼーっ」に1日、インプット作業に1.5日、原稿作成とレイアウトに1.5日。これが適正な時間配分なのでしょう。3日に短縮するには、ぼーっとする時間を仕事納めの前に済ませなければなりません。
 作家や文豪の人はどうなのかわかりませんが、文章を書くという活動は「自分の頭の中に何があるのか洗い出す」ことでもあります。書き方は人によって異なるでしょう。けれども、書き進めいくうちに、頭の中がクリアになっていく自分を感じることがある。書きながら混沌とした状態になることもありますが、粘り強く書いていくうちにクリアになる。そこで、執筆スピードは一気に高まっていく。僕はそんな感じですが、社内の編集者たちはどうなのでしょう?
 そういう感覚を持っているため、原稿を書く前には「完璧な準備はしないよう」に気をつけています。まあ、気をつけても気をつけなくても、たいていは不完全な準備状況になるのですが……。
 仮に完璧な準備をしてから書き始めたらどうなるか? きっと「書かされている」という気持ちになってしまうことでしょう。自分で準備し、自分の意思で書いているはずなのに、やらされ感が生じてしまう。
 これは写真の撮影と同じ感覚。人によって異なりますが、僕の場合、スタジオでライティングして撮る写真にはわくわくしない。思い通りのライティングではなくても自然光がいいと思うし、欠点のある被写体であっても手を加えることはしないようにしています。このあたりは写真家によって考え方に違いがあるはず。完璧さを求める人もいます。

行動しながら準備する

完璧な準備はしない。これはビジネスにおいても重要なことではないかと思うことがあります。そもそも、完璧というのはあり得ないことです。これで完璧と思っても、翌朝目が覚めると不完全さに気づくことになる。そうやって、完璧に向けて準備し続けるとどうなるのか? いつまでたってもスタートを切ることができない、ということになるのでしょう。
 「準備八割」ではなく、今の時代は5割、6割くらいで始めるべきではないかと思います。もしかすると、2割くらいでもよいのかもしれません。世の中には、ほとんど行き当たりばったりではないか……と思うような人もいます。それでいて、物事がうまく進んでいるという人の場合は、「人にはわからない準備の仕方をしている」のでしょう。
 知識社会に突入している今日では、すべて自分が知っているという必要はなく、「知る方法を知っている」か「知っている人を知っている」ことが重要となってきます。自分でも知る努力をすることは欠かせませんが、「知らない」というのは行動を起こさない理由にはならない。
 物事を真面目に考え、真面目に実行しようとする人は、知識や技術がなければ何もできないと考える傾向があるようです。その一方、アイデアだけで行動し、行動し続ける中で次第に知識や技術を身につけていく人もいます。後者のほうが今の時代に合っていることは言うまでもありません。
 先のわからない時代を生きているわけですから、「わからないことを楽しむ」という感覚を僕らは身につけるべきなのかもしれません。最悪の結果を想定し、リスクを回避することも必要ですが、リスクを引き受けて行動しなければ、何も新しいものは生まれてこない。僕はこう見えても(どう見えるのかわかりませんが)、石橋を叩いて渡るタイプ。ですが、世の中には石橋を叩きすぎて、叩き割ってしまう人もいますね。
 準備は必要。行動しながら準備するというのが正解なのでしょう。
 これは偶然にも僕の原稿執筆方法と同じ。実は、原稿を書きながら調べ直すことも多いのです。このため、僕にはサブモニターが欠かせません。今はタブレットをサブモニターとして使用しています。エビデンスを集めたり、ヒントを得ながら原稿を書き進めています。
 そうして書いていくうちに、「そういうことだったのか」とわかることがあるものです。誰かに伝えるために書いているはずの原稿なのですが、最初に知らされるのはいつも「自分」ということになる。ここがおもしろいところ。写真も同じですね。最初に自分の作品を鑑賞するのは、紛れもなく「自分」。誰かのために無我夢中になって仕事をする。けれども、一番最初にその恩恵を受けるのは、自分であることが多いのだと思います。どんな形の恩恵かは職種によって異なると思いますが……。

ソーゴー印刷株式会社

〒080-0046 北海道帯広市西16条北1丁目25
TEL.0155-34-1281 FAX.0155-34-1287

高原淳写真的業務日誌