
おはようございます。
昨日は朝のうちに写真セレクト作業。それから1時間ほどかけて、スロウの原稿1ページを書き上げる。頭に浮かぶ言葉を打ち込むだけのページ。書いていてとても楽しい。やるべきことは山積しているのだが、午後は休日とすることに決めた。買い物へ行く。
仕事は興味・関心の幅を広げてくれるもの
文章を書くというのは、人にもよるでしょうが、本来は楽しい活動といえます。それが仕事となっている人の場合、楽しいだけでは済まされない。商品となるだけのクオリティが求められますし、自分の書きたい文章だけ書いているわけにはいかなくなる。そういう「楽しいだけでは済まされない部分」を引き受けて、その上で楽しい(または愉しい)と思えるかどうか? ここがプロかどうかの境目でしょう。
これは編集者・ライターに限らず、どの職種であっても同じこと。最初は自分の好きなことを仕事にしたことに喜びを感じて仕事に取り組むはず。しかし、その先は「好きであり続ける人」と「好きでなくなってしまう人」に分かれていきます。
「好きでなくなってしまう人」にも2通りあるでしょう。「本当は好きな世界なのにこの仕事は嫌」といった苦しい自己正当化(?)を試みる人もたまにいます。理解できなくはない。僕もたまにそう思うことがあるからです。しかし、それを乗り越えてこそ、本当の楽しさがわかり、本当に好きになっていくのではないかと思います。
仕事に対して趣味レベルの関わり方でよいのか? 入社1~3年という時期には、そう自問自答することになるでしょう。
「好きなのに嫌」という状態に陥る人が多いためか、「好きなことを仕事にすべきではない」といった職業観を持っている人も少なくありません。そういう考えが成り立つことも理解できますが、僕は反対の考え方を持っています。
とことん好きになれば、たいていの問題は解決する。そんなシンプルな考えでよいのではないか? そう思うのです。
僕も考えてみると、社会人になって34年間、あまり好きになれない仕事もずいぶんこなしてきました。しかし、考えてみると「自分に関心がなかった」というだけであり、やり続けてみると、好きではないことであっても実はけっこう楽しめるようになっていったんですね。
好きになれない仕事というものは、案外、自分の興味・関心の幅を広げてくれるものなのかもしれません。そうして、僕は仕事以外では撮ることのないような写真を撮りましたし、ほとんど興味のなかったジャンルの文章を仕事で書くことになった。広告マンガの原作を書くのは意外に楽しい、という発見もありました。
「嫌い」というネガティブな感情をどのように取り扱うべきなのか? このあたりが重要かもしれません。100%ポジティブに転換するのは無理なものです。「嫌い」を細分化し、分析することが有効でしょう。そうすると、「心底嫌い」なのか「未知の世界に対する恐れ」が根底にあるのか、わかってくるのではないかと思います。
自由を感じるかどうか
昨日書いた原稿はスロウの通販ページ。ページの趣旨からは多少はずれているような気もするのですが、僕は自分の素直な気持ちに従って、人生論的な原稿を書いていきました。わずか1ページなのに。これが3、4ページあったら、もっと深く書き進めていくことになったでしょう。あくまでも通販ページですから、それはあり得ないと思われますが……。
僕はどのような仕事であっても、「仕事を通じて心豊かになっていく」ことが重要であると考えています。少なくとも、我が社においては、自分の内面を豊かにするような働き方を求めており、それを経営計画書の中にも明記しています。
したがって、仕事というものは「お客様のため」「会社のため」でありながら、同時にも「自分のため」でもある、というのが僕の考えです。当然、自分本位であっては仕事になりません。けれども、自分を殺したり、自分の気持ちを封印するような仕事の仕方はすべきではないと考えています(例外もありますが)。
文章においても、写真においても、たぶん他の仕事であっても、どこか自己表現できるところがあるものです。たとえ、指示通りの仕事が要求された場合でも、誰も気づかないような部分で自分を表現することができる。それが隠し味となって、商品の質を高めていることもある。要求されたこと以上の仕事をする。「要求以上」という部分は、その人の自己表現に他なりません。社内の誰もがそういう仕事の仕方をするようになれば、我が社は異質化した能力集団となっていくことでしょう。
受注仕事の場合は、当然、自己表現の自由度が限られてしまいます。一方、自社企画の商品ではギリギリのチャレンジが可能となります。僕は34年の仕事人生のうち、19年間は受注仕事がほぼ100%でした。自社で自由につくることができるようになったのは、スロウが創刊してからのこと。この「自由」を手放したくはない。そう思ったものでした。
業種、職種によって自由度に違いはあるもの。ですが、自由を感じ取るかどうかは個人の問題。案外、自由度の高い仕事に就いている人が不自由感を味わっていたり、自由の少ない仕事をしながらクリエイティブに働いているという人もいる。どんな仕事であっても、心の自由は獲得できるものなのでしょう。ですから、仕事には「自分のため」と思える部分を必ずつくる必要があるわけです。
僕にもまだ好きになれない仕事が一部にあります。ただ、それは「未知の世界に対する恐れ」が原因ではないかと思っています。昨日原稿を書きながら、そのことがハッキリとわかりました。
