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北海道の仕事と暮らし67 地域史の重要度

北海道の仕事と暮らし67 地域史の重要度

おはようございます。
 5時間ほどかかって原稿を仕上げる。昼はFMウイングの番組審議会。夕方出社。5時半から次世代幹部養成塾第8講。テーマは「アナログ・ルネッサンス」。6時半終了。買い物へ。帰宅、夕食後、作業再開。本文を校正後、インデザイン上で小見出し、キャプション、タイトルを入れる。気づくと11時をまわっていた。

もっと知られるべき人物、出来事

原稿を書きながら、僕はある思いを強く持つようになっていました。それはわざわざ書く必要がないほど当たり前のこと。なのに、そのことをしっかり認識している人は案外少ない。僕にはそう思えてなりません。
 地域の中には、実に魅力的であり、今日的価値の高い歴史が埋もれている……。本当は埋もれてはおらず、その気になれば見ることも触ることも体験することもできる。なのに、その存在に気づかないまま、地元で何の関係もなく暮らしているという人が案外多いのではないか? 
 あるいは「知ってはいるけれどもさほど関心がない」という人も少なくないような気がします。これは厳密な意味では「知っている」とはいえない。「聞いたことがある」と「知っている」との間には大きな隔たりがあるものです。僕らは「聞いたことがある」を「知っている」と一緒くたにすべきではありません。「聞いたことがある」は「知らない」のグループに組み込まれるもの。
 地域からの情報発信では、「聞いたことがある」から「知っている」へ、どのようにして人々に伝えていくのかが、大きな課題となるでしょう。
 教科書に載っているような歴史であれば、ほとんどの人が程度の差はあれ「知っている」ということになる。ところが、郷土史ということになると、一部を除いて知っている人が少なくなる。京都や江戸にいた大昔の人物のことは知っていて、地元で100年くらい前に活躍した人物のことをほとんど知らない……。そんなケースが少なくないのではないかと思います。
 僕らは全国的に知名度の高い人のほうが人間的に格上だ、と思い込んでしまう傾向にあります。しかし、「知っている」というレベルに留まらず、ちゃんと調べていくとさらに理解は深まっていくものです。日本史で重要とされる人物の中にも人間的に見ると問題の多い人がいたり(問題が多いから名を残したのか?)、さほど注目されていない人物の中に素晴らしい業績を残している人もいます。
 郷土史に登場する人物の場合も同様でしょう。そして、その中にはもっと広く知られるべき人物がいるものです。昨日書いた原稿の舞台は北見でした。たぶん、地元の人はある程度知っているのではないかと思います。少し離れた場所に住む、たとえば十勝の人だったらどうでしょう? まったく知らないか、「聞いたことがある」というレベルではなかろうか。
 世界史も日本史ももちろん重要ではあります。しかし、学校教育の中に「地域史」をしっかり組み込んでほしい……。そう思うのは僕だけでしょうか。地域史は入試に出てこないから覚える必要はない、といった考えであってはいけない。地元の歴史を知らなければ、地元に愛着を持つ人はどんどん減っていき、歴史的魅力にあふれている大都市圏に意識が向かうことになるでしょう。

情報編集と提供の仕方

日本史に載っている史実も郷土史に載っている史実も、重要度としては変わらない、と僕は思っています。たまたま、その人物の活動が日本全体に影響を及ぼすことになった。あるいは全国に知られるところとなった。そういうことではないかと思います。
 ものすごく重要な業績を残しながら、ほとんど知られていない。そんな事例は、きっと全国の中で山のようにあることでしょう。僕もスロウの取材等を通じて、そんな歴史をいくつか知ったことがあります。100年前ともなると、通信も物流も十分発達してはいませんでしたから、ある特定に人々の間でしか語り継がれてこなかった……。そんな事例も多いに違いありません。
 我が社としても、僕個人としても、まだ十分には知られていないと思われる地域の重要な歴史を掘り起こし、紹介していきたいという気持ちを持っています。それは自分史、記念誌といった形で読み物にする場合もありますし、自分たちで取材して、記事や書物にすることもあるでしょう。あるいは、すでにそうした活動を進めている方々と一緒に行動するというケースも考えられます。
 大学時代、大阪に住んでいて不思議な感覚にとらわれることがありました。僕の住んでいた場所は太子町というところで、すぐそばに聖徳太子の墓があるのです。日常の行動範囲の中には、歴史の教科書に出てくるような場所がゴロゴロある。これは十勝で生まれ育った人間には異質な感覚。とても敵わないな……と思ったものでした。東京に移り住めば、テレビで見慣れた場所が勤務先のすぐそばにある。これも最初のうちは異質な感覚。やがて、それが当たり前の風景となっていき、気づくと東京の人になっていた。
 十勝に住んでいると、教科書やテレビで知っているという場所は当然ながら非常に少ない。しかし、これは情報の東京一極集中が招いた結果であって、北海道に住んでいる人は、もっと別な歴史観、郷土観を持つべきではないかと思います。世界史や日本史を理解しつつ、自分たちの住む場所にも世界史レベルの重要な出来事あり、重要な人物がいた。このことに気づかなければなりません。
 そのためには、情報編集の仕方や信頼性の高い媒体をつくることが鍵となるはずです。僕はこのことについてずっと考え続けています。同じことを考えている人はいるもので、道内でもそうした媒体をいくつか見つけることが可能。昨年末、取材でいただいた冊子を読んでみると、意義深い業績、語り継がれている精神が十分すぎるほど伝わってきました。
 課題としては、歴史小説や大河ドラマに匹敵するような媒体を地元でつくりあげること。多くの人に興味を持ってもらえるような情報提供の仕方。ここが最大のポイントかもしれません。

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