
東京・西荻窪/2019.2.28 何の変哲もない写真ですが、この中に……
おはようございます。
朝5時45分出発。8時千歳空港着。9時発のエアドゥで東京へ。機内でブログを書く。羽田空港から投稿を試みるが、どうにもWi-Fiがつながらない。あきらめて吉祥寺行きのバスに乗る。目的地は西荻窪。東京時代の会社に関する最後の仕事(たぶん)。手続きに1時間あまり。思っていたよりも早かった。帰りは総武線、山手線、京急に乗って羽田空港へ。東京はずっと雨。乾燥した帯広から来たためか、蒸しているように感じた。空港ラウンジでようやくブログを投稿。2時間弱時間があったため、いくつか細かい用事を済ます。8時50分発のエアドゥで千歳へ。機内で新書を一冊読み終える。千歳市内の宿に宿泊。
経営指針との出合い
僕が経営指針に出合ったのは18年くらい前のこと。今から考えると不思議な感じがします。東京時代にも小さな会社を11年間経営していました。なのに、経営指針とか経営計画といったものは、立てたことも考えたこともありませんでした。
そもそも、そうした類いの勉強というものを一切してこなかったのです。もし、(株)遊文館(東京で経営していた会社)時代に経営の勉強をちゃんとしていたなら、いったいどういうことになっていたのか? 後悔することはありませんが、今でもつい考えてしまいます。
経営指針成文化にあたって、最初に明文化を試みるのは経営理念でしょう。経営指針研究会の研究生の方々は経営理念の策定に大いに頭を悩ますこととなります。なかなかピッタリな言葉が見つからない。どこかから借りてきたような言葉になったり、複雑でまわりくどい言葉になったり……。それでも、何とかして自社の創業の精神、理想、信念といったものを言葉で表現しようとする。
経営理念をつくっただけでは経営指針とはいえないわけですが、それでも経営理念の明文化には大きな意味があります。しっくりこない理念であっても、まずは言葉にしてみることが重要です。
遊文館で仕事をしていた頃、もし経営理念を明文化していたとしたら、たぶん手を出さなかったと思われる事業があります。経営理念は理想であり、信念であり、創業の頃から脈々と受け継がれているもの。ですから、理想、信念に反するものは排除できていたはず。経営理念があれば、目先の損得ではなく、もっと遠くまで見えるようになっていくんですね。そのことがわかったのは、帯広にUターンしてしばらくたってからのことでした。
結果として、東京・西荻窪で経験した数々の成功体験、失敗体験がその後の僕の仕事人生に少なからぬ影響を及ぼすこととなりました。
入社して最初に出合ったのは、印刷会社のための経営計画書作成フォーマット。特にテキストのようなものはなかったと記憶しています。エクセルのシートに記入していくだけ。それでも、自分なりに解釈して文字を埋めていきました。
いったん完成させたものの、どうもしっくりこない。当たり障りのない言葉。何の真剣味もないように感じてしまう。そもそも、ソーゴー印刷に入社したばかりの僕は、危機感はあったものの本気度が決定的に欠けていたのでした。たぶん、大きく変わったのは日創研のビジネススクールと全印工連の若手印刷陣経営塾を同時受講した頃でしょう。本気にならざるを得ないほど追い詰められていた頃でもありました。拙著「激訳・経営指針成文化」に書かれていることなので、この話は終わりにします。
一番変わるのは?
僕の勝手な解釈ですが、東京時代の成功や失敗は単なる結果ではなく、大いなる実験だったのではないかと思っています。というのも、東京でやってきたことと同じようなことを今もやろうとしているのです。ただ、決定的に違っているのは経営理念があるかどうかというところ。経営理念が掲げられ、経営者が自社の理念について考え続けていれば、大きく誤った道へと進んでいくことはないはず。20数年前と今とでは、ここが違っている。
もちろん、今も「しまった」と思うようなことがときどきあります。でも、それはやり方を間違えただけであって、道を踏み外したわけではありません。だからやり方を変えて立て直すこともできるし、撤退して再スタートを切ることもできる。経営理念が万能というわけではありませんが、何か困ったときには判断基準となるものです。
今、僕の目の前には24年前と同じような風景が広がっているように感じています。24年前は無謀でした。能力もチャンスもあったと思いますが、「何をどうしたいのか」ということを十分考えていなかった。自分の持つ才能とエネルギーを目先の損得に浪費してしまった……。今考えると、そういう結論に至ります。今はそう理解していますから、目の前に見える風景が同じようなものであっても、異なる見え方をしています。
若手社員の人たちも、おそらく同じ風景を見ているはずです。当然ながら、僕とは違った見方をしているに違いありません。チャンスと捉える人もいれば、変化を恐れる人もいるでしょう。10年後、20年後を見据えて……といっても、無理な話なのかもしれません。
ただ、経営理念、経営ビジョンがしっかりあって、具体的な中期経営計画、年度経営計画に沿って自社が日々成長している。そう感じとることができれば、若手社員の網膜に映る風景もある程度は変わってくるはずです。
我が社の場合、まだそのレベルには至っていないようです。経営指針をつくるようになって17年も経つというのに、一進一退を繰り返しているような気がしています。ただし、無意味に時間が経過しているというわけではありません。初めて経営指針つくった2002年からの17年間で積み重ねてきたものがある。歩みはのろいけれども、それが実になる日がきっとやってくるでしょう。
経営指針をつくったからといって、現状がどんどん好転していくというわけではありません(そういうケースもありますが)。一番変わるのは経営者の意識。「必ずこうする、こうなる」という確信が芽生えてくることではないかと思います。