
おはようございます。
たっぷり眠ろうと思っていたのだが、朝4時に目が覚めてしまった。朝のうちにひと仕事。初めて泊まった宿。非常にユニーク。朝食会場にはおにぎり製造マシンがあったが、僕には使いこなせなかった。ドアの鍵も初めて見る形状。どこもかしこも変わっている。
11時半頃、登別温泉に到着。昼食後、登別万世閣へ。全道経営指針一泊研修交流会は午後2時から。一人目の報告者は須藤建設(株)代表取締役の須藤正之氏。創業100年の会社の経営指針。すでに経営指針研究会を2度受講しているという。二人目の報告者は室蘭まちづくり放送(株)代表取締役の沼田勇也氏。こちらは創業者。コミュニティFMの存在価値がよくわかる発表だった。
続いてグループ討論。テーマは「自社の固有の役割は何か?」だった。経営理念検討シートの3項目目。ここは経営理念を策定する上でも非常に重要なところ。活発な議論が繰り広げられた。
7時から懇親会。ここでもさらに熱心に経営指針や自社の経営について語られていた。9時頃終了。多くの人が二次会に参加する中、僕は睡眠時間確保のため部屋に戻った。
自社の固有の役割は何か?
創業100年と開局10年。おもしろい組み合わせの事例報告でした。後継者には後継者の、創業者には創業者の悩みや苦闘の歴史がある。さらにいえば、社員にも悩みが苦闘があって、その点は社歴30年でも3年目でも変わりはないといえるでしょう。
どんなに順風満帆に見える企業であっても、必ず問題があって、そこには悩みがある。また、苦境に立たされている企業であっても、必ずチャンスの芽と言えるものがある。経営者がその存在に気づくかどうか? あるいは気づいた社員が社長に進言するかどうか? このあたりが重要。やはり企業には経営マインドを持った社員の存在が欠かせません。
「こういう深い話ができるのは経営指針委員会だからかもしれない……」。どなたかがそんな感想を述べていました。確かに事例報告でもグループ討議の中でも、経営指針委員会ならではといえるような話になっていました。自社の経営指針について真剣に考えれば考えるほど、深みにはまっていき、奥深いところで議論が交わされる。だから、懇親会の場に移動しても、やはり経営の話が延々と続くことになる。
昨日の一貫したテーマは「自社の固有の役割は何か?」というものでした。グループ討議だけではなく、事例報告もこのテーマに沿って行われました。
参加者の中には「固有」にこだわる人もいれば、「役割」について考え続けている人もいたようです。言葉の捉え方、感じ方は人それぞれ。僕は経営指針委員会、研究会に関わるようになってから、この項目は「自社の事業領域」について考える項目なのだと思っていました。
我が社の経営指針は7、8年くらい前から事業領域(ドメイン)を明記しなくなりました。といっても、事業領域に近い文言は残していますが……。なぜ事業領域という言葉を外したのか? それは「必要性を感じたならば何をやっても自由」という会社にしたかったからといえます。
企業経営者の中にも「自社は印刷業だから」とか「小売業だから」といって、窮屈な考え方をしてしまっている人がいます。ましてや、社員であれば、自分の関わっている仕事以外のことについてイメージできる人はきっと少ないでしょう。自分や自社を狭い枠の中に押し込めてしまって、将来の可能性に目を向けることができないのです。
創業期から変わらない役割
我が社の場合、経営理念の中に「価値ある情報の創造、発信、記録」という文言を盛り込んだため、「印刷だけやればよいのだ」という狭い考えから自由になることができました。解釈の仕方によっては、何をやっても自由。ですが、多くの人はまだまだ事業領域という目に見えない境界線に縛られています。
たぶん、1990年代であれば「事業領域を明確に定義する」必要があったのではないかと思います。多くの企業がバブル期に本業以外のことに手を出し、バブル崩壊後痛い目に遭っています。選択と集中。よく使われた言葉です。
2000年代も「本業に集中することがよいこと」であるかのように語られていました。僕はその考えに半分同意し、もう半分は「ちょっと違うかも?」と感じていました。
それはなぜか? 世の中がすごいスピードで変わっていったからです。2000年前後、印刷関連産業では写植という仕事が消えていきました。次に製版業が消えていった。デジタル化が進む中で、ひとつのジャンルが丸ごと消えていく。さすがに印刷業そのものが消えることはありませんが、集中しすぎるのは危険なことだと思ったのです。
21年前に創刊された月刊しゅんも、従来のままの印刷業であってはいけない……と先代社長が危機感を持ったために始まった事業です。自社の従来の強みにあぐらをかいていてはいけない。
これまでのコア事業を起点として、事業領域を拡大させる必要があるのではないか? これが2000年から10年近く、僕が考えていたこと。
しかし、2010年あたりから「このやり方では変化のスピードに対応できないのではないか?」とも考えるようになっていきました。
自社の強み、もっと言えばコア・コンピタンスだと考えていること。これを別な事業に転化させていくことが求められているのではないか? これまでやり続けてきたことに対して、別な解釈を試みるようになっていきました。僕はどちらかというと頭が硬いほうなので、こうした解釈はM氏を中心に行われていったというのが実情です。僕は後追いしながら、理論化することに努めていました。
外形的にはまったく別物に見える事業であっても、一本の線でつながっている。「自社の固有の役割」について考え続けていくと、僕の中ではそういう結論に到達しました。1954年の創業からずっと変わり続けていない固有の役割というものがある。それを的確な言葉で言い表すことはできませんが、確かに今も受け継がれている。出版にも広告にもツアー事業にもつながっている。僕はそう確信するようになりました。この先誕生するであろう新業態も、きっと一本の線でつながっていることでしょう。
