おはようございます。
気になっている案件をひとつずつ片付けていこうとするが、あまり効率よく進めることができないまま昼を迎えた。午後1時、インデザイン講座。僕が教わりたいところなのに、何だかおかしい。僕が講師だ。「インデザインはとっても簡単」と言ってしまったためか? デザイナーに依頼するためのラフとか、ちょっとした直し程度なら簡単……という意味だったが、出てきた質問はもっと高度なものだった。まいったな。4メートル先にはプロのデザイナーがいるというのに。2時半からは自宅で某プロジェクトの会議。未知の分野。フタを開けてみなければわからない。夕方から、再び気になる案件に着手する。
なぜ、主観表現を避けるのか?
気になるといえば、日頃から何となく気になっている言葉がいくつかあります。気になる食べ物もありますが、仕事柄、言葉のほうも気になります。といっても、僕が正確な言葉を使っているという意味ではありません。むしろ、言葉には揺れがあってもOKという考え方。「気になる」とは「けしからん」ということではなく、「興味深い」「不思議な」といった意味でのこと。
最近、僕のブログでは堅苦しい話が続いているような気がします。おもしろくなるかどうかわかりませんが、毒にも薬にもならない「何となく気になる言葉」について、ときどき書くことにしましょう。
僕にはもう35年くらい前から気になっている言葉があります。
当時、僕は大学生。僕がお酒を飲むようになったのは比較的遅く、21歳のとき。初めて飲んでみたら、ビール大瓶4本飲むことができた。案外、アルコールに向いているのかもしれないと思い、以来、ウォッカや日本酒を飲むようになった。当時の僕にとって、お酒はおいしいかどうかよりも酔うかどうかが重要だった。そして、酔うほどに理屈っぽくなっていきました。今はそうではありません(たぶん)。
あ、そんな話ではなかった。テーマは「何となく気になる言葉」でした。理屈っぽくなる僕の頭と無関係ではないと思うのですが、僕には「飲みやすい」という言葉が妙に引っかかりました。
お酒を飲んだときに発する言葉と言えば、「うまい!」とか「効く!」とか「甘い……」(赤玉ポートワインを飲んだとき)といったものでしょう。ところが、かなり高い頻度で味そのものを評価を避けたような言葉である「飲みやすい」という声を聞くことになったのです。イメージとしてはお酒が苦手な女性がおもに使う言葉ではありますが、男性もときどき使っている。本当はお酒が好きではないのだけれど、「飲めないことはない」といった意味で使っているのでしょうか? このあたり、僕にはまだよく理解できていません。
明らかに異なる意味で使っている人もいますね。お酒が好きでありながら、「飲みやすい」と言う人。これは僕からすると確信犯といえます。お酒に対する個人的評価を避け、無難にその場を乗り切ろうとしている……。そんな意図を勝手ながら感じてしまいます。「酒」だから、「避け」ているのだろうか? いや、そんなはずはない。この言葉の奥には、何かメッセージが含まれているに違いない。僕はそう睨んでいます(僕に睨まれても恐くはないので安心してください)。
深くて複雑な気持ち
お酒の味の感想としては、おいしいかまずいか、好きか嫌いかしかない。僕はそう考えています(その中間もありますが)。主観的に短い言葉を発するだけ。ですが、僕とは異なる表現の仕方があることも知っておく必要があると気づきました。
「飲みやすい」には、自分の印象に加えて、「他の人はどう感じるのだろう」という想像が含まれているような気がします。お酒が苦手な人に対して「飲みやすいから飲んでみて」と勧めるようなニュアンス。つまり、共感のスキルから発せられる言葉とも考えられる。
「飲みやすい」はお酒を飲んだときだけの言葉ではないことも、次第にわかってきました。なじみのない飲み物きとか、青汁のようにまずいと思われているものを飲んだとき。少なくともまずくはない。そう判断した段階で「飲みやすい」と評される。可も不可もないということではなく、やや好意的な評価として使われる言葉でもあります。
食べ物でもたまに聞きますね。「食べやすい」。ただ、食べ物の場合、食べやすいかどうかは少し意味合いが違ってくる。たとえば、「モスバーガーは汁が垂れるから食べにくい」(編集者N氏の言葉)といったニュアンスでも使います。硬くて食べにくいとか、取り出しにくくて食べにくい(ツブ貝とか)というのもあります。飲み物と同じ意味で使われる「食べやすい」を判別するには、注意深く状況を観察しなければなりません。
人間に対してはどうか? 人を食ったような態度の人は、近年めっきり少なくなりました。だから「食べやすい」とは言いません(当たり前ですが)。「話しやすい」とか「付き合いやすい」という言葉。これはその人と知り合ってから初期の段階で使われることが多い。第三者にその人を紹介する際にも使われます。
長年付き合っている人に対して、「話しやすい」「付き合いやすい」と言うことはあまりない(状況によってはありですが)。言葉に出すことはたぶん滅多にないはずです。相手に対してもっと深くて複雑な気持ちを抱いているに違いありません。
お酒に話を戻すと、自分がお酒に対して「深くて複雑な気持ち」を抱いているかどうか。ここが大切ですね。深くて複雑な人の場合は、言葉にならないことが多い。「うぐぅ~」とか「ふぷぅ~」といった、ため息にもうなり声にも聞こえる音を発することになる。ビールを飲んだときの「プハァ~」とは異なります。付け加えれば、ビールの場合、視線は水平か上向きですが、日本酒の場合は手元の杯に注がれることが多い。お酒に対する深くて複雑な気持ちは、自分に対する深くて複雑な気持ちに他なりません。
「飲みやすい」の次の段階、そこから本当の人生が始まるのではないか、と僕は考えています。