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経営指針の話23 承継

経営指針の話23 承継

おはようございます。
 午前中は会社で仕事。さほど書類はたまっていなかった。そして、思ったよりも仕事が前に進んだ。昼は帯広中小企業公和会役員会。午後1時帰社。そろそろ会議のはず……と思っても、関係者が社内にいない。いつの間にか、自宅開催に変更されていた。遅れてスロウ編集会議に参加。3時50分帰社。4時から面接。5時40分帰宅。編集会議はまだ続いていた。というよりも、別テーマの会議になっていた。再び遅れて参加。6時半頃終了。

精神を継ぐ

僕の場合、平均睡眠時間は約6時間。一日24時間の中で、実際に活動しているのは18時間くらいでしょうか。18時間の中でさまざまなことを行うのですが、不思議なことに毎日何かテーマがあるように感じています。それは朝起きたときにわかるのではなく、一日が終わってから気づくことが多い。翌日起床して、初めてわかるということもあります。
 昨日のテーマは「承継」というテーマでした。これはスロウ編集会議の特集テーマと関連しています。だから、自然にそうなったのかもしれないのですが、それ以外の活動や出来事も「承継」と深い関わりがある。社内の会議に出席しながら、「目の前の人たちはM氏や僕の志を継いでくれるだろうか?」などと考えてしまう。その志はそっくりそのままである必要はありません。自分の志を加えてくれて構わないし、むしろ、時代の変化に合うよう一部を変えることになるでしょう。ただし、根幹となる精神の部分は、そっくりそのまま継いでほしいと思っています。
 経営理念でも社是でも家訓でもよいのですが、こうしたものは現在の会社組織を強化するためだけではなく、将来の社員に向けてつくられているのではないかと考えることがあります。自分が引退したり、あの世へ旅立った後のことをイメージしてつくられている。
 我が社の経営理念を明文化したとき、最初に考えたことは「創業の頃はどうだったのだろう?」ということでした。その頃の記録がほとんど残っておらず、僕にできることは想像することのみでした。ぼんやりしたままでは言葉にできるはずはありません。そこで、「印刷産業の始まりの頃はどうだったのか」について調べることにしました。圧倒的過去にさかのぼって考え、イメージする。これを自社の社史と重ね合わせ、ようやく経営理念を言葉にすることができました。
 そうして、ひとつのことがわかったのです。どの時代の印刷人も「今がよければよい」といった考えは持っておらず、「将来どうあるべきか」についてイメージし、その時代に自分のできる最大限の活動をしていたに違いありません。こんな世の中をつくりたい。そんなビジョンがあって、グーテンベルクは活版印刷を生み出したはずですし、我が社も地域の価値を高めるような存在になりたいと思って創業したはずなのです。
 先人たちが実際に何年先までイメージしていたのかはわかりません。しかし、事業承継を意識していたことは間違いないでしょう。ビジョンが大きくなればなるほど、あるいは経営理念の意味するところが深ければ深いほど、誰がどのように継ぐことになるのか考える。そして、後継者の育成が最大の仕事と思えるようになっていくものです。

経営理念と超長期ビジョン

我が社の創業者である父は、僕に対し、「子孫のために美田は残さず」という言葉を何度か口にしました。たぶん、2001年頃の話。
 これはもちろん、「児孫のために美田を買わず」(不爲兒孫買美田)から出てきたもの。西郷隆盛が残した漢詩の一部です。この言葉には複数の解釈がありますが、たぶん、よく言われるように「子孫のためには、肥沃な田畑を買って残すようなことはするな」という意味で父は引用したのだと理解しています。
 その後、数年たってから、残したものはおそらく「志」であったに違いない、と考えるようになりました。本当のところ、どのようなビジョンを持っていて、どんな会社にしたいのか、直接創業者から聞いたことはありません。もっとストレートに聞いておくべきだったな……と今さらながら思うわけですが、思ったときにはもう遅かったわけです。その分、自分のイメージ力を最大限活用することとなりました。
 ただし、僕と同じように創業者は謎めいた言葉をいくつか残してからこの世を去りました。こうした言葉が手がかりとなるはず。1989年につくられた我が社の社是と社訓も、僕にとってはひとつの研究材料です。わかりやすい言葉で表されていますが、案外謎が詰まっていると僕は考えています。まあ、考えようによっては、20年というタイムラグがありながらも、僕は父と対話しているわけです。
 親子間での事業承継というものは、極めてスムースにいくケースとわけがわからなくなるケース、両タイプがあるのではないかと思います。「わけがわからない」というのは、肝心の話を聞けぬまま先代が他界したというようなケースのこと。これは我が社のパターン。一番聞きたいことほど、聞きにくいものです。どうなのでしょう?
 僕のまわりにも親子間での事業承継事例がいくつかありますが、僕の観察するところではうまくいっているように感じられます。単純に、僕の場合会話が少なすぎただけなのかもしれません。
 そんな反省もあって、僕は自社の歴史、伝統、文化をできる限り言葉で伝え、文章に残そうと、さまざまな活動を行っています。もちろん、一番伝えたいと思っているのは「志」のところ。結局のところ、何をどうしたいのか? その究極的なところについて、本当は経営理念や超長期ビジョンによって明文化するとよいのでしょう。来期の経営計画書の中ではそれを文章化しなければ、と考えています。
 本気で考えれば考えるほど、理想の会社、理想の社会をつくりだすには長い時間が必要だとわかってきます。その一方、自分の人生の手持ち時間は限られている。誰かに託すよりほかないわけです。承継とは「承って継ぐ」ということ。承りたくなるような、超長期的ビジョンと10年ビジョンを描く必要がありますね。

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