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「助ける人」と「助けられる人」

「助ける人」と「助けられる人」

おはようございます。
 皆さん、お元気ですか? インフルエンザが猛威を振るっています。我が社のみんなは今のところ無事。手洗いとうがいを確実に行って、このまま3月末まで乗り切りましょう。
 実に不思議な2週間でした。まだ僕はことの重要性をちゃんと認識していないのかもしれません。しかし、いくつもの幸運な偶然が重なって、ひとりの命が救われたことになるのではないか? ちょっと大袈裟かもしれませんが、そう考えています。きっとそうに違いありません。だとすれば、これは偶然というよりも、天からの素敵なプレゼントと捉えるべきでしょうか。
 ここでは詳細を書くわけにはいかず、抽象的な書き方になることをお許しください。将来、自分史を出版するときには、今回の一連の出来事について書こうと思います。
 ことの始まりは2月7日の経営指針委員会新年会。偶然のクライマックスは20日の渡邊博子氏講演会(同友会とかち支部2月例会)。経営指針つながり。経営指針を成文化して命が救われた・・・という話はときどき耳にしますが、これは企業経営についての話。今回はあり得ない偶然と素晴らしい行動力によって救われることになりました。渡邊氏をはじめ、関係者の皆さま、ありがとうございました。

今回の一連の出来事には超自然的なものを感じています。こういう結果を導き出すために数ヵ月も前から仕組まれていたのではないか(もちろん、仕組んだのは僕ではありません)。そう考えてしまいます。2月の経営指針委員会を我が家で開催にしようという話になったのは、昨年末の忘年会の席でしたし、2月例会の企画を立てたのはさらにもっと前のこと。
 例会当日も不思議でした。我が社の人たちは、ふだん開会時間ギリギリに会場入りすることが多いのです。ずいぶん早く来場したことも幸いしました。そして、講演とはまったく関係ない、ある器具が使われ、この2週間の出来事に対しての仮説がほぼ正しいと結論づけられたのです。関係者の方以外、何を言っているのかわかりませんね。すみません。

幸運な偶然のことを「セレンディピティ」といいますが、僕自身も人生の中で何度か経験しています。ただ、僕の場合はハッピーな出来事というのとはちょっと違っています。今回の出来事のように「命拾いした」というもの。どう考えても絶体絶命のピンチ。打つ手はないのではないかとあきらめかけそうになった瞬間、セレンディピティがやってくる。自分でそう思い込んでいるだけで、本当はセレンディピティではないのかもしれません。けれども、思い込み続ければ自分の中では真実になっていく。
 1997年から2002年までに起こった一連の偶然は、もっとも驚くべきものでした。僕の人生の中でも超低空飛行を続けていた時期でしたが、絶不調になると「絶対に解決せねばならない本質的な問題」と「問題解決のための方向性」が見えてくるものです。あきらめなければ、見えてくる。そして、信じられないような偶然がギリギリの状況の中でやってくる。絶妙のタイミングというほかありません。
 ちょうど、2月の出版広告部「今月の言葉」は「打つ手は無限」(滝口長太郎)でしたね。「必ず何とかなるものである」という言葉には勇気づけられます。

僕がときどき感じるのは、目に見えない力が働いて、どこかへ導かれているという感覚です。1997年からの約5年間はそうした出来事の連続でした。何しろ、僕の命を救ったのは「ほぼ初対面」という人物。たぶん、直接会ったのは3回だけだったと思います。2回目に会ったとき、平和園本店で一緒に焼肉を食べ、そこで運命を変える意思決定をした・・・。僕の運命が変わった時点で役割を終えたのでしょうか? その後は、S氏と会うことも連絡もありません。連絡先すらわからなくなりました。
 僕の勝手な解釈ですが、目に見えない何かが作用して「助ける人」と「助けられる人」に不思議な力が与えられるのではないでしょうか?
 誰の人生の中にも、ふだん考えられないような行動力を発揮したことが何度かあるはずです。僕の場合も、理性的、合理的考えればあり得ないような意思決定でした。そして、実際に行動した。
 たぶん、本当は「天の采配」といったものとは違い、「生命の危機」を感じ取った自分自身がほとんど無意識的に行動しているのでしょう。火事場の馬鹿力のようなものかもしれません。
 一方、「助ける人」の場合はどうか? 偶然「助ける人」になることもあるでしょうが、助ける回数の多い人の場合は、「強烈に助けられた」という経験を持っている(またはそう自覚している)人ではないかと思います。
 社内の新入社員研修の中では、「助ける人と助けられる人は対等」という話をします。これは通常業務の中での話。絶体絶命のピンチにおける「助ける」「助けられる」の関係も、対等ではあるかもしれませんが、少し意味合いが違ってくるような気がします。
 助けられた人には、今度は別な人を助けるという使命が与えられるのです。助けるべき対象は初対面の人かもしれません。使命に気づき、実際その通りに行動できる人が尊敬すべき仕事人生を歩むこととなる。僕の仕事人生も、そのようになるよう心がけねばなりません。
 本当に必要とされるときに「思い切った行動をとる」こと。その重要性を、かつてないほど痛感しました。

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