高原淳写真的業務日誌 > 仕事観について > 仕事観について01 「量的拡大」に関する言葉

仕事観について01 「量的拡大」に関する言葉

仕事観について01 「量的拡大」に関する言葉

おはようございます。
 意味の薄い時間もあったとは思うが、昨日はほぼ一日原稿を書く時間に充てることができた。いつ終わるかわからないような仕事。まだ先が見えない。謎を解明しながら進めていくしかない。午後6時、「今日はここまで」と思った。お好み焼きを作って食べる。長芋をたっぷり入れたら、ふわふわのお好み焼きになった。

「倒れ込むように眠るのがいい」

今、僕の手元には膨大な分量のテキストデータがあります。すべて、テープ起こしされたもの。ですから、データとしては十分に揃っている。なのに、これほど時間がかかっているのは、「量」と「難解さ」という2つの問題があるからに他なりません。
 「量」だけであれば、僕は過去に何度も乗り越えてきています。量的拡大と質的向上。このテーマについて繰り返し考え、僕の中ではほぼ結論が出ています。量を乗り越えなければ、質は上がらない。このことを僕は何人かの先人たちから聴き、自分でも体験してきました。
 最初に考えるきっかけを与えてくれたのは、1985年、父の言葉でした。何かのついでに東京にやってきた。僕は社会人1年目。会社の人たちと飲んでいるときに、居酒屋に現れた……。そんなシチュエーションだったと思います。どんな話をしたのかは忘れましたが、なぜか次のひと言が記憶に残っています。
 「一日働いて自宅に戻り、倒れ込むように眠るのがいいんだ」
 たぶん、気楽な働き方をしているように見えたのでしょう。実際、その通りでした。仕事を「好きか嫌いか」で決めつけていた時期でしたから、とことん打ち込むということをしていなかった。倒れ込むように眠るといえば、飲み過ぎて自宅に帰ったときくらい。社会人1年目としてはずいぶん困った状態にありました。
 量的拡大について理解できるようになったのは、1988年頃。M氏と仕事をしていて、人を採用しようという話になってからのこと。今考えると大した仕事量ではありませんでしたが、当時の僕としては「いっぱい働いている」という感覚でした。誰かを採用し、少し楽になりたい……。そんな軽い感覚。そして、翌1989年に会社設立となったわけですが、ここで僕はちょっと後悔することとなりました。
 これは起業した人の多くが経験すること。採用した人が最初から一人前であるというケースは極めて少ない。ましてや、僕らは無謀にも新卒採用しましたから、ほぼ白紙状態の人に入社してもらったということになります。その結果、以前よりもはるかに仕事が大変になった。仕事ができない人の分まで稼がねばならず、その上、仕事を与えたり、教えたり、夕食をご馳走したり……。えらいことになったわけです。
 そんな時期に、あるベテラン女優と何度か仕事をすることがありました。対談相手が遅れて少し待たされるということがあったのですが、このとき僕と入社間もない新人に印象的な言葉をかけてくれたのです。
 「仕事って、選んじゃダメなのよ」
 たぶん、この前後にさまざまな話があったはずですが、ほとんど忘れてしまいました。仕事を選ばず、すべて引き受けてきたからこそ今の自分がある。そんな内容だったと思います。世の中はバブル経済。仕事を選ぶ人が増えていました。

深淵の存在に気づく

1987年くらいから一緒に仕事をするようになり、1989年に共同で会社を立ち上げたM氏も僕に名言を語ってくれていました。たぶん会社設立前の話。
 「やり続ければいつかは終わる」
 その頃は果てしないと感じるような分量の仕事は抱えていませんでした。圧倒的な仕事量がやってきたのは、1990年代に入ってから。ストリート系ファッション誌の仕事が急拡大し、ひたすらスニーカーのひもを結んでは撮影するとか、一日の中で4、5件分のモデル撮影をいっぺんに行うとか、大変なことになっていました。昼は撮影。夜と早朝は原稿執筆。立て込んでくると、そんな感じ。そんなときは「やり続ければ~」が心の支えとなった。やがて、早朝3時間あれば、2ページの原稿は必ず書ける、という自信が身につきました。
 2000年にUターンしてからも、量的拡大に関して僕に強い影響を及ぼす経営者が何人か現れました。その最たる人が、今原稿を書き進めている経営者。そのレベルといったら、僕には信じられないくらいのもの。昭和時代の話がメインですが、僕の知っている昭和とはずいぶん異なる。そして、平成に入ってもちょっと異質な「昭和」が続いている。
 ただ、その中に仕事の本質というか、人生の中にあるひとつの真理に気づきました。気づくと同時に、恐れおののいた。
 20代の頃、何人かの人が僕に仕事観を伝えようと、それぞれ自分の言葉を駆使して、語ってくれたわけです。僕はそれをちゃんと受け止めようと思いつつも、頭の中だけで受け止めていた。ようやく30歳を過ぎた頃から仕事の奥深い世界を体感するようになった。哲学的に捉えられるようになったのは40歳を過ぎてからのこと。
 ただ、原稿を書き進めながら思うのは、仕事にはもっと深淵があるということ。そこを覗き込む。それだけではなく、そこへ飛び込むのが経営者の生き方(役職という意味ではありません)。飛び込んで潜って、何があるのか確かめる。そういう人が名経営者となるのでしょう。
 深海では光が届かない。目に見えにくいものを見るわけですから、常人にはわかりにくいどこかの感覚が研ぎ澄まされてくる。このあたり、執筆しながら特定し、謎を解明しなければなりません。

〒080-0046 北海道帯広市西16条北1丁目25
TEL.0155-34-1281 FAX.0155-34-1287

高原淳写真的業務日誌