
おはようございます。
午前9時頃出発。音威子府を目指す。帯広は雨だったが、上川から北へ向かうにつれ天気がよくなってきた。一部、青空も見えた。「ダウン・ザ・テッシ-オ-ペッ2019」の撮影。天塩川カヌーツーリング大会だ。確か7、8年前にも撮影したことがある。そのときはチビスロウの取材。今回は来年用の企画。途中でたっぷり仮眠をしたためか、天塩川温泉に着いたのは午後2時。それから撮影ポイントを探し、カヌーがやってくるのを待つ。ひたすら待つこと40分。いい感じで撮ることができたのではないかと思う。1日目のゴールを少しだけ撮影し、この日の仕事は終了。宿は名寄。近隣の宿泊施設はたぶん満室。いつもの宿に泊まり、いつもの焼き鳥屋で夕食。
焼き鳥体験
焼き鳥という食べ物に、皆さんはどのようなイメージを持っているでしょうか?
僕は大人の、それも男の食べ物というイメージ。というのも、僕は子供の頃、強烈にそう印象づけられたのです。
味覚というものは、前後の脈絡に関係なく、しっかりと記憶に刻まれるものです。どのようなシチュエーションだったのかわからず、食べたときの衝撃とその関連情報だけが記憶に残る。数10年たってから思い出そうと思っても、記憶を引き出すことはほぼ不可能。ただ、味覚だけがリアルに思い出される。
僕は何度もそのシチュエーションを思い出そうとし、少しだけ関連情報を引き出すことに成功しました。
たぶん、僕が小学校3年か4年生の頃。なぜか、登場人物は僕と父親のみ。どういう理由かわかりませんが、僕は焼き鳥屋に連れてこられたのです。場所は帯広の街中。栄楽街だったと勝手に思い込んでいるのですが、記憶はかなり怪しい。
その焼き鳥屋で確かに僕は焼き鳥を食べた。それはタレだった。ここが僕にとっては重要なポイントです。ガンガン(一斗缶)の中にためられたタレに串をつけながら焼いていた。そんな映像が頭の中に残っています。もしかしたら、一斗缶ではなくもっと小さなカンカンだったかもしれません。
そこで食べた焼き鳥は強烈な味でした。複雑なタレ味と炭火の香り、そしてちょっと焦げた苦味を含んだ味。この頃からかな? 苦味という味を僕は受け入れるようになった。というよりも、好んで苦味を求めるようになっていった。子供は単純に甘い、酸っぱいといった味を好むのではないかと思いますが、僕はどんどん複雑な方向を目指すようになった。単純な味も好きではありますが……。
そんな焼き鳥体験を持つと、普通の焼き鳥にはなかなか満足できなくなってしまうものです。それ以来、印象に残る焼き鳥を僕は食べていない。高校、大学時代には焼き鳥を食べたという記憶が一切残っていません。1985年、社会人1年目のときに、有楽町のガード下で食べた焼き鳥。これが久々に印象に残る焼き鳥となりました。ただし、このときは味そのものではなく、シチュエーションのほうが記憶に残っています。
シチュエーションが主で、味覚が従。焼き鳥に関して言えば、社会人になってからそのような記憶ばかり。有楽町でいえば、ガード下を抜けたところにある「やきとり雅」には何度も通いました。たまに行ってみたくなり、今でも東京出張でチャンスがあると入ることがあります。すごくいい店というわけではないけれど、さまざまな記憶が染みついている店。そんな感じです。
記憶の中のタレ
帯広にUターンしてからの焼き鳥体験は貧弱そのものでした。スーパーから買ってくる焼き鳥。タレに期待はできない。消去法で塩ということになるのですが、たまに間違って塩ダレの焼き鳥を買ってしまう。これがいけない(好きだという人には申し訳ないが)。シンプルに塩という焼き鳥は案外少数派なのだとわかりました。
自宅でジンギスカン大会をやるようになり、あるときから焼き鳥も焼くようになりました。そこでは塩コショウが基本。少し飽きて、僕はジンギスカンのタレをつけてみた。いやはや。悪くはありませんね。ベル食品のタレがいい感じです。自宅でつくる焼き鳥はこれでいいかな? そう思えてきました。
僕は決して現状に満足しているわけではありません。記憶に残る最高のタレ味。きっとどこかにあるはずだと思っています。若干気持ちが後ろ向きになっているときには、無難な塩で焼き鳥を食べますが、前向き、積極的な状態のときには、今でも焼き鳥屋でタレを注文する。カラメルっぽい味にがっかりすることも多いが、それでもどこかに理想のタレがあると信じています。
スロウの取材でほぼ記憶の中のタレではないかと思える焼き鳥に出合いました。場所は室蘭。だから、焼き鳥とはいえ豚肉だったのですが、紛れもなく複雑な奥深い味わいを持つ記憶の中のタレ。僕はちょっと驚きました。取材したのはやきとりの一平。僕は室蘭やきとりを深く知っているわけではありません。他にも素晴らしいタレがあるのかもしれませんが、一平の味は僕の大昔の記憶をよみがえらせるには十分でした。
最初に刻まれた味の記憶。それはおそらく一生尾を引くものではないかと思います。そういう食べ物が僕にはいくつもあります。
多くの人は、おいしいものであるとか、最高の味を求めているかもしれません。しかし、ひと通りおいしいもの、めずらしいものを食べ尽くすと(僕は食べ尽くしていませんが)、今度は記憶の中の味を追い求めるようになるのではないか? 僕は昔も今も「最高の味」というものはまったく求めていません。僕が「最高だ」と言うときは、必ず過去の記憶のどこかとつながっている。そのつながりがかすかではあっても認識できたとき、自分にとっての最高の味となる。
それにしても、なぜあのとき僕は焼き鳥屋に連れて行かれたのか? ここだけは永遠に解明できない謎として残りそうです。その謎はタレの入ったガンガンの底に沈んでいることでしょう。
