
おはようございます。
朝7時45分出発。車の中でオーディオブックを聞きながら札幌へ。10時25分、北海道中小企業家同友会事務所に到着。10時半から、第5回「人を生かす経営」推進連携会議。12時15分、共同会館で北海道中小企業家同友会第2回理事会。込み入った問題があって会議は長引いた。次の予定が迫っていた。3時15分中座。K氏と合流し、倶知安へ。5時15分、前回の取材で撮れなかったカットを撮影。スーツ姿のまま、森の中を分け入ることとなった。スーツのまま畑で撮影……というのはあったが、森の中というのは初めて。蚊がまとわりつく中、シャッターを押し続けた。K氏を札幌に送り届けてから帯広へ。10時半頃帰宅。
会社は誰のものか?
帯広から札幌まで、車で3時間弱。オーディオブックを1.8倍速で聞くと、だいたい1冊読了することができます(オーディオブックも「読了」といってよいのだろうか?)。2倍速にすると、僕の耳には速すぎて聞き取れないところが出てくる。最初のうちは1.5倍速、次に1.7倍速。今は1.8倍速がちょうどよいスピード。やがて2倍速でも聞き取れるようになるかもしれません。こうなると、普通に本を読むのとスピード的には変わらなくなる。車を運転しながら、本を読むわけにはいきません。オーディオブックは僕にとって有効な勉強法となっています。
ただ、昨日聞いたオーディオブックは内容的には納得のいかないものでした。あまりにも僕と反対の考え方。このため、逆に興味を持って最後まで聞いてしまいましたが、やはり最後まで納得できなかった。このタイトルの著者の前作では、確か別なことが述べられていたはずなのに。根本的なところで矛盾があるような気がする……。
僕と反対の考えというのは、「企業の目的は利潤の最大化」というのが繰り返し述べられていたこと。そして、「会社は株主のもの」という考え。
法的に言えば確かに会社は株主のもので、株式会社の場合、社員といえば株主のことを指しています。会社で働いている人は従業員ということになる。厳密に言えば、社員=従業員ではありません。しかし、通俗的に使われている「社員」のほうが僕らの実感に近いことは明らか。ですから、僕は通常「従業員」「労働者」といった言葉を使うことはありません。自分も含め、会社で働く人は全員「社員」であると考えています。
すべてを理性的、合理的に考えていくと、実態からかけ離れていくことがあります。そしてまた、自分たちの望んでいる姿からもどんどん離れていく。
「企業の目的は利潤の最大化」というのも、そのひとつでしょう。会社が株主のもので、投資から最大の見返りを求めるには、企業の利潤が最大化していなければなりません。株主にとって、よい会社とは利潤が最大化している会社のこと。
しかし、通俗的な意味での社員にとって、よい会社であるためにはもっと別な要素が求められるわけです。働き甲斐とか自己重要感とか自己成長感といったもの。そして、会社にエンゲージメントを感じるような好ましい社風、好ましい人間関係が求められる。これは大企業でも中小企業でも、業種、職種に関係なく当てはまるのではないかと思います。資本主義社会の頂点に立つGAFAで働く人であっても、たぶん同じようなものを求めているのではないでしょうか?
「経済的合理性」と「仕事をする喜び」の両立
僕らは「経済的合理性」と「仕事をする喜び」の両立を目指しながら働いている。このどちらかが欠けてしまうと、仕事人生に重大な支障を来すことになるわけです。
他人がうらやむような高収入を得ている人でも、心が病んでしまい、頭の中を空っぽにするために北海道へやってくる……という人がいます。外形的な豊かさで職場を選んだ結果、自分に合わない仕事人生を送ることになったという人はけっこう多い。
もちろん、逆もあるでしょう。自分の好きなことを仕事にしようとし、あとで「しまった……」という気持ちになるようなケース。単に「好きだから」という理由で仕事を選ぶのは考えものです。どの程度好きなのか、この仕事をすべき必然性が自分にはあるのか。このあたりを考える必要があるでしょう。
ただ、そんなふうに考えるとどの仕事にも就けなくなってしまうかもしれません。ですから、「自分の選んだ会社を信じて、とことん働く」というのが新入社員から入社3年目までのあるべき姿だ、と僕は思っています。「とことん」というのは長時間労働という意味ではありません。仕事に打ち込むということなので、念のため。
高学歴な人は、友達が遊んでいるときにしっかり勉強を積み重ねてきたという経験を持っているに違いありません。スポーツや芸術などの分野で自分を高めてきた人も、やはり努力を積み重ねてきた結果、一芸秀でたものを持つようになったわけです。
仕事で頭角を現す人も同様でしょう。「自分のなりたい姿」「成し遂げたい業績」を描き、とことん打ち込むからこそ、ビジョンに近づくことができる。好きな職種に就いたから充実した仕事人生になる……という単純なものではありません。そして、好きな仕事をし続けるには「自分の苦手な部分も丸ごと引き受ける」という覚悟が必要でしょう。「好き」のレベルを上げないことには、仕事をする喜びは十分得られない。
困難はあっても、「経済的合理性」と「仕事をする喜び」の両立が僕らの目指すべき仕事人生なのだと思います。同様に、我が社も両者のバランスを求めて経営していくことが求められます。究極的には、企業の目的は「人を幸せにすること」ではないかと思っています。