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仕事観について11 「楽しむ」と「愉しむ」

仕事観について11 「楽しむ」と「愉しむ」

おはようございます。
 午前中は自宅で仕事をする。遅れている案件を前に進めなければならない。少し形が見えてきた。午後1時来客。2時個人面談。4時いったん帰宅。6時45分、会社に戻って面接。7時半帰宅。

編集者の役割

今朝、何気なく「keran keran vo.9 釧路版」を手に取り、しばらくの間、読んでいました。もちろん、本が完成したのはずっと以前のこと。すでにひと通り目を通していますが、改めて読み返してみたのです。
 いやはや、実におもしろい。年1冊ずつ号を重ねてきたkeran keran。今回の釧路版は、これまでの中でもっとも中身が充実しているのではないか? 限られた時間の中で、よくこれだけの本をつくることができたものだ。早朝から感心してしまいました。
 雑誌の充実度を左右する要素はいくつもあるでしょう。しかし、その中でも鍵を握るのは、編集者(またはライター)の存在。我が社の場合、純然たるライターはいませんから、編集者の充実度が最大の決め手と言ってよい。フォトグラファーである僕としては、「写真が鍵」と言いたいところもあるのですが、実はそうではないと考えています。写真もデザインも重要ではあるものの、編集(文章を含む)が一番なのです。
 編集者の充実度というのは、どういうところに表れるのか? それはページをパッと見た瞬間に感じるワクワク感のようなもの。落ち着いたレイアウトのページであっても、文章を映像的に捉えると、そこから好奇心や探究心が伝わってくる。別にフォトリーディングをしているわけではないのですが、僕の場合は文章を映像として受け止めることがあります。おもしろい文章と平凡な文章の違いが一瞬にしてわかることが多い。
 雑誌の場合、主導権は編集者が握っています。フォトグラファーは編集者の指示を受けて撮る。この他、時間の許す限り、自分の撮りたいものも撮る。ひと通り撮影した写真の中から誌面に使うものを選択するのは編集者。したがって、写真的価値よりも、編集者が重要だと思った写真が優先的に使われる。フォトグラファーはデータを渡した瞬間、自分のものではなくなるわけです。
 デザイナーも編集者の意向に沿ってデザインすることになります。制約がある中で、自分の美意識と折り合いをつけながら制作していく。写真もデザインも、仕事という点では「制約がある中でどれだけ自分の思い通りのものを生み出すことができるか」というところに、おもしろみがある。そう考えてよいでしょう。
 編集者は編集者で、制約があるところでよりよい記事づくりを目指しているはずです。すべて思い通りにできるというものではありません。
 どんな仕事にも制約があり、不自由に感じる部分があるわけですが、その中で「どれだけ楽しめる(愉しめる)か」が重要ではないか、と僕は考えています。楽(愉)しめない人は、この仕事には向いていない。これはもう、ハッキリしていますね。もしかすると、世の中には楽(愉)しめなくても立派に務められる仕事があるのかもしれません。けれども、雑誌づくりだけは不可能でしょう。好奇心と探究心が命といってよいのではないでしょうか?

「愉しい」という気持ちになれるかどうか

我が社の経営理念の中には「価値ある情報を創造、発信、記録する」という言葉が含まれています。これは、我が社の事業全体を通じて、そうあるべきだと考えてのこと。雑誌づくりに限定して考えれば、単なる「価値ある情報」では不十分といえます。
 読者の知的欲求を満たすような「価値ある情報」、人々の気持ちに変化をもたらすような「価値ある情報」、作り手である自分たちの人生に影響を与えるような「価値ある情報」……。こうした情報が雑誌づくりには求められる。読者も当然、そのような期待を持って雑誌を手にしているはずです。暇つぶしに雑誌を読んでいるわけではありません。
 したがって、雑誌の作り手である僕らは、読者の想像をはるかに超える好奇心と探究心を持って取材活動を行わなければならない、ということになるわけです。記事によって、好奇心と探究心の向かう方向は異なるはず。keran keranでは取材対象そのものに対する好奇心がメイン。一部、地域の歴史に焦点を当てた記事もありました。スロウの場合は、取材対象に意識を向けながら、同時に自分自身の内面に掘り進んでいくような記事がおもしろい。自分と重ね合わせながら、取材対象の魅力を浮かび上がらせるような記事。
 これらは楽しむ、または愉しんでいなければ、できるものではありません。義務的につくった記事では、魅力も価値も半減してしまいます。
 僕個人としては、仕事そのものを楽しむことを推奨しています。もちろん、やるべきことをちゃんとやった上での話ですが。そうすると、個人差はあるものの、日常業務の半分くらいは「楽しめる」のではないかと思います。もう半分はどうするのかというと、「愉しむ」という感覚を持つことが重要です。この「愉しむ」の意味がわからない人は、編集の仕事をライフワークにできないはず。一生「楽しむ」だけでやっていける人はいないと思うのです。
 「愉」という言葉は、病気が回復したときの心の喜びを表しています。ですから、「楽しい」のような弾ける喜びではなく、「癒やし」に近い言葉。実際、編集者の多くは「楽しい」と「愉しい」の両方を感じながら取材活動を行ったり、原稿を書いているに違いありません。
 たぶん、どんな職種の人でもこの両方を感じながら、日々仕事をしていることでしょう。難度の高い仕事に苦しみながらも完成させたときの喜び。これは「愉しい」に近い感覚でしょう。わかりやすい「楽しさ」だけに執着すると、仕事人生の早い段階で壁に当たることとなり、その先に進むことはできない。「愉しい」という気持ちになりやすい自分をつくること。それは20代のうちに身につけておくべき習慣ではないかと思っています。

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