
おはようございます。
午前9時出発。最初は南富良野でプレ取材。こんなところがあったとは。次は富良野。途中、少しだけ風景撮影。取材は午後1時から。前日に続き、ホットな取材となる。外気温は30度に満たなかったと思うが、取材場所の業務用オーブン2台がかなりの熱を放出していた。汗がたらたら流れるのを感じながら撮影する。3時少し前に取材終了。最後の目的地は中富良野。ここもプレ取材。アイスコーヒーでひと息つく。帰り道、S農園でスイカとメロンを購入。カーエアコンのありがたみを感じながら帰宅。帯広は猛暑日だったようだ。前日「ガリガリ君手当を出す」と書いたが、手違いがあって実行されていないようだった。今日午後3時頃、水出しコーヒーと一緒に持参します。
過酷な仕事場
過去もっとも高温の中で行った取材はどこだったのだろう? スロウの取材では、ガラス作家、まんじゅう、焼き菓子、鋳物工場……など、いろいろな記憶がよみがえってきます。2日前のH社の取材もなかなかの高温でした。
東京時代はどうだったっけ? やはり汗だくでスニーカーのひもを結んだり、衣料品にアイロンをかけたり、強烈な直射日光の中で何時間もモデル撮影、商品撮影を行ったりしていたことを思い出します。30代だったからできたのでしょう。
だが、ここで重大な事実に気がつかねばなりません。僕の場合は、取材、撮影という理由があって、高温の中で一時的に仕事をしているに過ぎないのです。世の中には、高温の中で一日中立ち仕事をしているという人も多い。2、3ヵ月前には、「温度計が52度を指して壊れてしまった」という話を聞きました。仕事時間中ずっと高温。きっと、僕らとは異なる仕事観を持って働いているに違いありません。
考えてみると、エアコンの効いた快適な建物の中で働いているという人は、全体の一部に過ぎないのかもしれません。人によっては、一日低温の中で働く人もいるでしょうし、薄暗い場所が仕事場という人もいる。職種によっては、危険な場所で働く人もいるわけです。
快適とは言い難い仕事環境の中で働き続けることができるのはどうしてなのか? 理想、哲学、使命感。あるいは、何か見返りになるようなものが得られるからなのか? 僕自身、ある程度快適さが保たれた中でしか働けない人間なので、そのあたりのことがよくわかりません。過酷な仕事をやり続けることで得られるものは何なのだろう? そう考えることがときどきあります。
僕の想像では、プロになると暑くても暑いとは感じない、過酷でも過酷とは感じなくなる。感覚が麻痺していく。というよりも、こうした感覚を超越するような強い自分ができあがっていくのでしょう。厳しい仕事環境の中で我慢をするというのではなく、それが当たり前という感覚になっていくような気がします。
向上心、努力、人間性
かたや、僕らの仕事はどうなのか? 印刷工場で働く人たちは、鋳物工場ほどではないけれど、高温の中で自分のやるべき仕事をしっかりやろうと日々努力しています。工場以外は基本的にエアコンが効いていて、「効きが悪い」とか「風が当たって寒い」とか言いながらも、ある程度は快適な仕事環境が保たれている。営業部も編集部も僕も、そのような場所に自分の机がある。
で、ここからが文章化しにくいところなのですが、こういう快適空間で働く人たちは、何か別な苦労をする宿命にあるのではないか? 僕はそんなふうに考えるのです。そうでなければ、バランスが保たれない。実際、僕は、工場で働く人が苦労して、営業、編集の人が楽をしている……とはみじんも思っていません。
目に見えにくいところ、他人にはうかがい知れないところで、苦労したり辛い思いをすることの多い仕事。一見、楽そうに、楽しそうに見える職種の人ほど、そのような経験をすることが多いのではないでしょうか?
ですから、外形的なおもしろさに惹かれて我が社に入社した人は、楽しそうな仕事の裏側にある辛さを知って、大きな壁に突き当たることになるでしょう。世の中には楽な仕事もなければ、楽しいだけの仕事もない。頭ではそのことを理解していても、実際に自分が直面すると、中には「事実を直視できない」という人も現れてきます。困難を乗り越えるだけの人間力を身につける。それも人材育成の一部。ですが、本人の覚悟なしに乗り越えられるものではありません。
快適な仕事環境を整えれば整えるほど、それに見合う分の苦労を引き受け、自分に与えられた使命を果たさなければならない。そう考える人が増えていくと、会社は発展していくことになるでしょう。快適な職場環境が与えられるのは当然のこと、と考える人が増えてしまうと、その人の人生も会社も継続的発展は望めない。
働き方改革そのものはよいことであり、進めていくべきことに違いありません。けれども、それに見合う向上心、努力、人間性が伴わなければ、人をダメにするという怖い側面があるのではないか?
過酷な環境の中で毎日働いている人は、好き嫌い、快不快といった気持ちを超越して、いい仕事をしようと向上心を持って努力し続けている。おそらく、そうした中で人間性が形成されていく。
恵まれた環境の中で働いている人の場合は、自分で自分の乗り越えるべき課題を設定し、自ら向上心を高めていかねばなりません。与えられるとか、誰かから指示されるということではなく、自分からすべてが始まるという発想に切り替える必要があるのです。
僕も快適な空調の中で働いていますから、高い理想を掲げて努力し続けなければなりません。
