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第34話 栗かぼちゃ

第34話 栗かぼちゃ

おはようございます。
 朝から午後2時40分まで、自宅で仕事をする。室内は快適なのだが、何となく夏バテっぽい感じ。最高気温は36.3度。6日連続真夏日。こんなこと、これまでにあっただろうか? ガリガリ君60数個と水出しコーヒーを持って出社。ささやかだが僕からの「ガリガリ君手当」だ。少しだけ涼を感じてもらいたい。4時来客。5時から自宅でミーティング。今週はいくつか仕事をやり残してしまった。土日で取り戻すしかない。

ほぼ完全に栗の味

何日も前の話、十勝ファーマーズマーケットで買ったかぼちゃをゆでて食べてみたんです。ビックリしました。これぞまさに「栗かぼちゃ」という味がしたのです。
 それまで僕はかぼちゃにはほとんど興味がなく、栗かぼちゃと言われても、「ふ~ん」と聞き流していました。道外出身者のM氏によると、北海道のかぼちゃは本当に栗かぼちゃらしい。べちゃべちゃのかぼちゃが多い中、北海道の栗かぼちゃはほくほくしているのだそうだ。確かに、僕のかぼちゃに対するイメージは、ややべちゃべちゃしている。僕は単純に、ゆで方や調理によるものだと思っていました。どうやらそうではないらしい。
 というのも、今回買ったかぼちゃをゆでたのは僕なのです。普通にゆでて、竹串を刺しながら適当なタイミングでザルにあけただけ。それでほくほく。もう、見た目からして、普通のかぼちゃとは違っている。ちょっと白っぽい。
 そのまま口に入れてみると、ほとんどというか、「ほぼ完全に栗」という味。目をつぶって食べたなら、味といい、食感といい、まるで栗なのです。これは僕の知るところ、和栗の味。くり返しますが、本当に栗かと思いました。
 そこで、ハタと思ったのです。「ほとんど栗」と賞賛されるかぼちゃの気持ちはいかばかりのものか? もちろん、ゆであがったかぼちゃに気持ちを聞くわけにはいかない。では、かぼちゃ農家の気持ちはどうなのだろう……。丹精込めて、かぼちゃとして育てた作物が「栗」と言われてしまうことに、複雑な気持ちを抱いているかもしれません。
 このあたりに、栗かぼちゃと命名されてしまった宿命といいますか、生まれながらに背負った十字架のようなものを感じてしまいます。栗の味に似せなければならない。本物のかぼちゃなのに、栗の偽物を演じることを求められている。不憫さを感じるのは僕だけでしょうか?
 それでも、ここまで完璧に役を演じきることができれば、役者としては間違いなく本物ですね。ですから、本物の栗かぼちゃとして、これからも誇り高く生きてほしいし、僕のような栗好きな人間に食べられてほしいと思っています。僕は50年くらい前に天津甘栗を食べて以来、ずっと栗好きなのです。ただ、天津甘栗に比べ、和栗は食べにくい。皮をむくのに難儀します。半分に切ってスプーンで食べることもありますが、苦労してすくっても、たったの一口。怠け者の僕にとって、労力に見合う分量ではありません。好きなのだが、なかなか食べる機会が少ないというのが現状です。
 その点、栗かぼちゃは一度ゆでてしまえば、食べ放題という状態になる。かぼちゃはノーマークでしたが、これからは栗かぼちゃを栗として味わえばよいのだとわかりました。また十勝ファーマースマーケットで購入するとしよう。

いいとこ取り商品の可能性

栗かぼちゃを味わいながら、僕は星新一のショートショートを思い出していました。それはたぶん「ブロン」というタイトルだったと思います。メロンのように大きな実がブドウのようにたくさん実る……。そんな作物を目指して品種改良を行っていったら、ブドウのような小さな実がメロンのように1個しかならなかった……という話。中学生か高校生の頃読んだので、もう40年以上前の記憶。それでも覚えているのは、安易にいいとこ取りをしようとすると、逆に悪いところを集めてしまうという教訓を、この小説から学んだためでしょうか。
 事例としては少ないし、失敗する可能性も高いわけですが、僕らは「ブロン」を目指すべきなのではないか? 僕が中学か高校の頃に行ったブロンに対する解釈は、間違いとはいえないものの、社会人として、経営者として賢明とは言えない。何度も失敗をくり返したとしても、我が社はブロンをつくろうと試行錯誤すべきです。少なくとも、チャレンジする前から「できない」と決めつけるべきではない。
 40年前の僕も、もっと解釈力、洞察力があれば、異なる教訓を得たのではないかと思います。10代ですから、さすがに行間を読む力は乏しかったはず。それより、今日までブロンの話を覚えていたのですから、ストーリーとは別な何かを読み取ろうとしていたのかもしれません。今考えると、星新一のショートショートには深いものがありますね。
 栗かぼちゃ的、あるいはブロン的な商品がこれからたくさん登場するのではないかと思います。
 少し解釈の幅を広げると、フェイクミートも栗かぼちゃ的商品といえそうです。フェイクという言葉は使わないほうがいいかな? 大豆ミートとしましょう。大豆なのに限りなく肉に近づけたもの。この市場が急拡大しています。ベジタリアン対応とか健康志向といった理由もありますが、食糧問題や環境問題という点からも、大豆ミートの需要が増していくことになるでしょう。
 「いいとこ取り」または「訳あっての代用品」。このあたりに大きな潜在需要が存在するのではないかと考えられます。いいとこ取りということにはなりませんが、「訳あっての昔がえり」というビジネスもありますね。数日前の新聞に「ビールの量り売り」という記事が載っていました。これはゴミゼロという目的があっての昔がえりですが、今ではその発想が新しい。こうしたビジネスが今続々登場してきています。我が社も見習わなければなりません。
 今日も気温が高そうなので、スイカバーと食べながらアイデアを練ることにしましょう。さすがにスイカバーの味は「ほとんどスイカ」という訳にはいきませんが……。

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